弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

東電OLの父親 update51

なぜ「久米裕」でも「松本京子」でもなく3番めの「横田めぐみ」なのか?拉致された昭和52年(1977年)11月15日。タイムラインから拉致犯人がふつうに判明。
も参照。

東電OL殺人事件が発生した1997年3月19日の1週間前に起きたのが 東海再処理工場における火災爆発事故

1949年東電OLの父親が東大工学部を卒業。22歳想定。
1958年9月9日東急(五島慶太郎会長)の東急原子力研究グループ発会式。
1975年東電OLの父親が工務部全体を統括する副部長になる。src
1976年8月1F1号機定検入り。制御棒駆動水戻りノズル、給水ノズル、原子炉再循環系分岐配管に微細なひびわれとにじみ。改修に時間。
1976年12月24日福田赳夫内閣 石原慎太郎環境庁長官 -1977年11月28日まで。水俣病患者の直訴文に「IQの低い人が書いたような字だ」。患者さんの中に「偽患者もいる」発言。
1976年東電OLの父親が 「高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ」副部長から降格される。
1976年東電OLの父親ががんになる。
1977年4月22日石原慎太郎環境庁長官が患者団体と水俣病患者に直接謝罪。石原氏が胎児性水俣病患者である藤吉美智子さんらに土下座している写真。
src
豊洲市場、地下の大気から水銀。重イオン加速器と電通を連想したけど水銀は地下式原発ちんたろう高速炉クレメンタインの冷却材だろぉぉぉ。水俣病に土下座した理由だ。
1977年7月東電OLの父親50歳で他界(推定)。
1977年9月15日「日米両国、(東海再処理工場の)再処理の共同決定に調印」「2年間99トンまで米国産使用済み燃料を処理する。」「結果をINFCEP(国際核燃料サイクル評価計画)に提供する。」 福田(赳夫)首相がせん断、溶解開始を指示。日米再処理交渉を経て、東海再処理施設にてホット試験(使用済み燃料を用いた試験)開始
外務省原子力課は東海再処理工場の米国産の使用済み燃料からのプルトニウム抽出を米に報告する部署
1977年9月19日石川県で久米裕さんが拉致される。
1977年10月通産省が「地下立地方式原子力発電所検討委員会」を設置。 海のすぐ近くの地下200メートルに立地する出力100万KWの炉を想定。
1977年10月21日鳥取県で松本京子さんが拉致される。
1977年11月7日東海再処理施設で約1キロのプルトニウムを初抽出
1977年11月15日新潟県で横田めぐみさんが拉致される。 なぜ「久米裕」でも「松本京子」でもなく3番めの「横田めぐみ」なのか?拉致された昭和52年(1977年)11月15日。タイムラインから拉致犯人がふつうに判明。
1977年11月28日福田赳夫改造内閣 -1978年11月
1977年12月20日福田赳夫首相が何度も何度も濃縮ウランか濃縮ウランを製造できる原発を売ってくれとマンスフィールド駐日大使に圧力をかけた。
1978年2月8日1F1号機が1年半ぶりに再稼働。戦列復帰の記事。
1978年3月11日福田赳夫首相 参議院予算委員会「国の武装力を核兵器で装備するという決定を採択することができる」と述べた
1978年4月18日1F5号機運転開始
1978年6月頃兵庫県で田中実さんが拉致が拉致される。
1978年6月頃田口八重子さんが拉致される。拉致場所不明。
1978年7月7日福井県で地村保志さんと地村富貴恵さんが拉致される。
1978年7月31日新潟県で蓮池薫さん、蓮池祐木子薫さんが拉致される。
1978年8月12日新潟県で蘇我ひとみさんと蘇我ミヨシさんが拉致が拉致される。
1978年8月12日鹿児島県で市川修一さんと増元るみ子さんが拉致が拉致される。
1978年11月2日1F3号機で「制御棒の想定外の引き抜け」事故
1978年12月7日第1次大平内閣 -1979年11月
1978年12月19日1F1号機で約400体のうち22体で放射能もれ、6体で燃料棒にひび割れ
1978年東電OLの父親ガンで急死享年51歳。←1年前かも。東電OLの父親が死去した日がすべてを解決してしまうだろう。
1979年2月1F5号機で「制御棒の想定外の引き抜け」事故
1979年11月第2次大平内閣 -1980年7月17日
1980年6月12日大平正芳 (満70歳没)セシウムが心臓に来た?
1980年9月1F2号機で「制御棒の想定外の引き抜け」事故
1996年6月勝俣恒久取締役企画部長に就任。
1996年10月31日原産の原子動力研究会・研究グループ(主査・佐久間昌昭日大教授)が「135万KW級のABWR1基を全地下式で建設する概念の構築」を試みる。
1996年12月17日駐ペルー日本大使公邸襲撃および占拠事件 →青山繁晴のホラッチョ・在ペルー日本大使公邸占拠事件
1997年1月23日台湾電力が北朝鮮に廃棄物を最終処分
1997年2月10日神戸連続児童殺傷事件小学生がハンマーで殴られる
1997年3月11日東海再処理工場における火災爆発事故
1997年3月16日神戸連続児童殺傷事件小4を金槌でなぐって逃走
1997年3月19日東電OL殺人事件
1997年4月22日ペルー警察の突入によって事件が解決
1997年5月24日神戸連続児童殺傷事件小5を殺害
1998年5月13日JALが3回目のオフショア口座(JAL Trust/161821))開設。
1998年6月中央省庁等改革基本法成立。
1998年6月勝俣恒久常務取締役に就任。
2000年4月26日石原都知事第33回原産会議「高速増殖炉(FBR)の開発は大切な試み…」「東京湾に立派な原子力発電所があっても良いのでは」と発言←高速炉はプルトニウムの処分用途。
2000年4月30日中曽根弘文科技庁長官が米DOE長官と露の解体プルトニウム処分でBN600のフルMOX改造協力強化を確認
2000年7月ロシアのプーチン大統領が2000年に北朝鮮の故・金正日総書記と会談した際に、「原爆を保有している」と聞かされていたことを明らかにした。
2000年9月2日米露が余剰プルトニウム34トンの廃棄に合意。露カシャノフ首相と米ゴア副大統領が余剰プルトニウム34トンの廃棄に合意。 2010年4月にヒラリーとラブロフが署名
2000年12月27日2ちゃんねるに午後5時3分頃、当該事件の犯行予告ではないかと思わせるような「ぐるぐる巻き」の書き込み。
2000年12月30日世田谷一家殺人事件。犯人が犯行現場から科技庁と劇団四季のサイトを閲覧。劇団四季とハゲイとちんたろうとJRと東急w。世田谷一家殺害事件と科技庁と劇団四季と911の純粋水爆
2001年1月科技庁が消滅。原子力政策は文部科学省所管になり新体制スタート。
2001年1月シンガポールで中川秀直前官房長官(シャブカバ)と北朝鮮の姜錫柱第一外務次官が極秘会談。←後藤忠政の肝臓移植成功の目処がついたので臓器狩り被害者の拉致被害者への偽装作戦を北朝鮮に提案。小泉純一郎がフィクションの裏付けの為に拉致被害者を開放。
2001年3月1日中性子増倍材を量産、原研が日本ガイシと、核融合炉向け微小球」。
2001年4月後藤忠政がUCLAで肝臓の移植手術を受ける。
2001年7月21日核燃サイクル開発機構が露とMOX振動充填(バイパック)燃料製造の共同研究契約締結
2001年7月26日原研とトーカロがトリチウム透過が千分の1のブランケットの開発に成功。
2001年9月11日911発生。ツインタワーにテロ攻撃。解体爆破と重力落下。2週間後でも「マグマだまり」があって瓦礫を除去できない。1年間燃え続ける。神戸製鋼とトーカロの新神戸工場と高砂熱学工業。ツインタワーを設計した日系2世のミノル・ヤマサキ。芦屋浜シーサイドタウンw。→911と神戸製鋼の「ジルコニウムの水素吸収小委員会」と水爆用トリチウム製造用TPBAR。品質データ改ざんと「もんじゅ」の燃料溶融。シャブと海保w。JFK暗殺。
2001年9月21日TVAがNRCにワッツバー原発での軍用トリチウム製造の許可申請。←311でキノコ雲になった1F3とSCADAまで装備したTVAのブラウンズフェリーのMarkⅠ型の安全装備の格差。
平成5年(1993)に非常用ジーゼル発電機を1階から地下に移動し、2008年3月に15.7mの津波を予想していた。
2001年11月17日 有田芳生が逆にスピンしてる。たぶん日本が北朝鮮に臓器狩り被害者の拉致被害者への偽装を持ちかけたのだ。
【バハマ・リークス】はオバマの911事件解明作戦だったのだ。大連とモッズヘア南青山プリヴィレージュ店は日朝課長級が極秘協議するとこで、「北朝鮮は接触直後の2016年9月9日に5度目の核実験」w
2002年5月13日安倍晋三官房副長官が早稲田大学で核武装発言
2002年5月29日小泉政権。ITER計画を国策とすることを発表。閣議了解5月31日
2002年5月31日福田康夫官房長官が核武装容認発言
2002年6月6日福田官房長官に石原慎太郎が核兵器資料送付
2002年7月04日MOX燃料をBNFLに返送出航
2002年9月17日MOX燃料(1回目)がBNFLに到着
2002年9月17日小泉訪朝1回目
2002年9月17日小泉純一郎首相が北朝鮮の平壌を訪問、金正日と会談。日本人13人を拉致したことを認めた。
2002年9月24日NRCがTVAワッツバー原発での軍用トリチウム製造を許可。
2002年9月末日本は露の余剰プルトニウムの廃棄にバイパック製法を技術供与してBN600でのテストに成功
2002年10月15日5人の拉致被害者が帰国。
2002年10月15日原発データ改竄事件で引責辞任した南直哉の後任として勝俣恒久が東京電力社長に就任←フィクサーの誕生w
2002年10月25日石井紘基議員刺殺。石井紘基はMOX燃料を再濃縮して北朝鮮の核兵器にするスキャンダルをつかんで殺されたのさ。
2002年12月劇団四季専用の劇場が、電通本社ビルにオープンw←これがたぶん種明かし。
2011年5月31日平沼赳夫会長で地下式原子力発電所政策推進議員連盟を立ち上げ。
2013年11月15日福島第1原発1号機の使用済み燃料プール内にある燃料棒70体が東日本大震災前から損傷していたことが15日、分かった。プール内に保管されている使用済み燃料292体の4分の1に相当する。
2014年4月28日馬総統が平沼赳夫会長と会談。馬総統「日本の原発再稼動方針を参考に」
2014年5月21日久米島でキノコ雲
2014年6月12日分党へ着々…「石原新党」暫定代表に平沼氏
2014年8月1日台湾高雄市でガスが大爆発を起こして都市が壊滅。
2014年12月14日平沼赳夫党首の次世代の党が衆院選で惨敗。石原慎太郎が政界を引退。
2014年12月18日アントニオ猪木が次世代の党を離党
渡邉泰子さんは東海再処理工場における火災爆発事故から陽動するために消された?

東電OLの父親は1949年に東大工学部を卒業で副部長という役職からたった1年で降格、翌年ガンで急死享年51歳。この1978年は大平内閣。そして東電OLは大平正芳の三男と同じ職場で働いたことがあるとか。

大平正芳の三男の話は製薬会社にミエミエに陽動されててウソっぽい。

大平元首相が突然死去したは1980年。東電OL殺人事件は1997年。とうちゃんのカタキを打つために東電に入社して大平三男に近づき真相をさぐってたのかな。とうちゃんが突然ガンで死んだのも製薬会社に関連付けたのかも。なんか切ない話だ。

そんな動きを勝俣に察知され、東海再処理施設の爆発事故の陽動のために殺られたか。 あまりにもわかり安杉るので、あわてて神戸児童殺人事件報道で再び世間を陽動。

東電OLの父親は「高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ」た。その当時は福田赳夫改造内閣。

ウィキリークスで福田赳夫発見w
SALE OF NUCLEAR EQUIPMENT AND URANIUM TO JAPAN
1977年12月20日(火)

SECRET


PAGE 01    STATE 302624
ORIGIN NODS-00


INFO OCT-01 ISO-00 /001 R


66011
DRAFTED BY S/S-O: SGOLDSMITH

APPROVED BY S/S-O: SGOLDSMITH
------------------107383 201649Z /46

O 201626Z DEC 77 ZFF4
FM SECSTATE WASHDC

TO WHITE HOUSE IMMEDIATE


S E C R E T STATE 302624


FOR DR. BRZEZINSKI AND SPECIAL TRADE REP R. STRAUSS

FOLLOWING REPEAT TOKYO 19511 ACTION SECSTATE DEC 20


QUOTE S C R E T TOKYO 19511


NODIS


FOR HOLBROOKE FROM AMB. MANSFIELD


E.O. 11652: GDS

TAGS: ETRD, JA, US
TAGS: ETRD, JA, US
SUBJECT: SALE OF NUCLEAR EQUIPMENT AND URANIUM TO JAPAN


REF: STATE 299512, B) TOKYO 19444

1. IN MY CONVERSATION WITH PRIME MINISTER TODAY HE

REITERATED REQUEST TO PURCHASE ENRICHED URANIUM AND
ASKED FOR MY HELP.


2. I TOLD HIM I WOULD CHECK ON THE SITUATION AGAIN

AND REFERRED TO OWADA'S CONVERSATION WITH BOB STRAUSS
SECRET


SECRET


PAGE 02    STATE 302624


AND GERRY SMITH ABOUT POSSIBLE PURCHASE OF NUCLEAR
POWER PLANTS. I SAID I DID NOT KNOW WHAT CONNECTION

THERE MIGHT BE BETWEEN PURCHASES OF ENRICHED URANIUM
AND POWER PLANT PURCHASES. PRIME MINISTER, STRESSING

THAT HE WAS NOT MAKING A DIRECT CONNECTION WITH THE
CURRENT ECONOMIC DISCUSSIONS REITERATED HIS INTEREST.
HE APPEARS TO BELIEVE WE MAY BE URGING PURCHASE OF









PLANTS FOR PRODUCING ENRICHED URANIUM.


3. WE UNDERSTAND JAPANESE TECHINCAL TEAM HAS
BEEN DISCUSSING POSSIBLE PURCHASE OF ENRICHED URANIUM
OVER PAST FEW WEEKS AND WE GATHER THAT U.S. RESPONSE

HAS BEEN NEGATIVE. AT SAME TIME, IT IS CLEAR THAT
PRIME MINISTER PERSONALLY BELIEVES THAT LARGE

PURCHASE OF THIS SORT WOULD BE HIGHLY VISIBLE
EARNEST OF HIS INTENT TO BEGIN TO DEAL WITH CURRENT

ACCOUNT SURPLUS AND HE BELIEVES IT WOULD BE POLITI-
CALLY IMPORTANT FOR HIM HERE. IF WE ARE GOING TO

TURN HIM DOWN WE WOULD LIKE TO BE ABLE TO DO IT
IN THE FULLEST AND MOST RESPONSIVE WAY POSSIBLE.

WOULD APPRECIATE EARLY GUIDANCE.
MANSFIELD UNQUOTE
VANCE




SECRET






NNN
1977年11月28日から1978年12月7日までは福田赳夫改造内閣。OWADAは福田赳夫内閣総理大臣秘書官だった小和田恒/小和田恆(おわだひさし)。

日本の首相(福田赳夫)が何度も何度も濃縮ウランか、濃縮ウランを製造できる原発を売ってくれとマンスフィールド駐日大使に圧力をかけるw

1977年12月20日だな。福田赳夫と小和田恒が皇室と日本赤十字を巻き込んで臓器狩りビジネスをはじめた瞬間。

「赳夫」って名付けるとバカになるんじゃね。

「清和会の創始者である福田赳夫は、自身と同じ名前を持ち、長男・福田康夫の中学・高校の3年後輩である平沼を公私に渡って可愛がった。」
平沼赳夫は地下式原子力発電所政策推進議員連盟の会長

東電OLの父親が「高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ」たというのは「地下式原発」に反対していたのだ。福田赳夫のウィキリークス読んで、この頃から日本は軽水炉での核兵器製造のチャレンジを始めたのだ。

石原慎太郎は1976年12月-1977年11月の福田赳夫内閣で初めて入閣して環境庁長官をやった。
そして石原慎太郎が平沼赳夫と合流。「太陽の党」の太陽とは地下原発のことかいな。
東京都の地下にも建設できる安全な地下原発と言えばMSBR。 【原発】地下原発・トリウム熔融塩原発【安全】 でかつ、水爆も作れる
これって地下でナトリウム冷却の高速炉をやっちゃった反省からトリウムって言ってたのか。

石原慎太郎が平沼赳夫と合流したいうのは水爆と地下原発のトリウム溶融塩炉(MSBR)の思惑が一致したのか。

地下原発施設は1971年にOLNLで研究。MSBRは1959年に発案1969年に確立されていた方式。

翌月に第1次大平正芳内閣が発足。 福田赳夫改造内閣にトドメさしたのはこれ? 【原発】やつらが隠してきたもの「1978年11月2日に東電福島第一原発三号機で臨界事故が起きています。」

なんと!1978年11月2日にフクイチ3号機で臨界事故。
NRCの UREG-0002 "Final Generic Environmental Statement on the Use of Recycle Plutonium in Mixed Oxide Fuel in Light Water Cooled Reactors." ML071000110によれば1976年8月に既に再処理プルトニウムをMOX燃料にする方式は既に確立されていた。

インディアンポイント3号機はPWRだがMSBRの技術者が関連していた。9.1% UO2 (HEU 93%)を含むトリウムとウランの2酸化化合物(Th,U)O2を1977年から1982まで燃やしていたから。今はダウンブレンドだけど同時からHEUをおそるおそる核燃料にしていたのだ。 フクイチ3号機で燃やして事故ったのは、このHEUのトリウム・ウラン燃料?

それともフクイチは製造炉

BWRは制御棒を下から差し上げる設計だけど「制御棒が想定外に引き抜け」たりすることなんて起きるのか? 制御棒が抜けたってのは太郎の言ってるようにウソっぽい。

大平首相は心臓に不安があり、以前にもニトログリセリンを服用することがあるなど肉体は限界だったそうだけど、本当は放出されたセシウムが原因ではないのか。

2年後に大平へ政権を禅譲する密約で福田赳夫内閣が発足したのだけど、この内閣は原発で何かあやしいことをやってたような気がする。東電OLの父親ががんで急死したのは3号機と1号機の臨界事故の放射能と関連があるのか。

大福密約 もともと禅譲する密約があったのだから3号機の事故が政権にトドメを刺した訳じゃない。 田中内閣で外務大臣として一緒に中国を訪問し日中の国交正常化を実現させたのが大平正芳。 福田内閣が禅譲する前に核爆発を起こして日本を破壊し中国に近づけたくなかったのか。311と似たような状況。

フクイチ3号機って何度も核爆発し損ねてたんだね。中国と親しくなると核爆発が起きるのか。

「清和会」と原発 日本で初めて原発建設に動いた政治家は福田赳夫だった!
1955年5月原子力平和利用調査会が発足して理事は福田赳夫。 「これからの日本新エネルギー時代の開幕」清和会政策委員会:編著 福田赳夫、稲葉秀三、加藤寬:監修 旭屋出版 9月 これも
1959年中曽根康弘が第2次岸内閣改造内閣の科学技術庁長官として入閣して原子力委員会の委員長に就任。グンマーは原発推進派と呼ぶよりこのクニに原発をもたらした人々ですな。

勝俣はこの実績で東電社長に2002年10月15日就任するやいなや2002年10月25日石井紘基刺殺。わずか10日後。

内部告発による東電文書が示す福島第Ⅰ-1号機のひどい実態
「α核種による汚染が1号機原子炉建屋内のほぼ全域に広がっていたこと、コバルト60が絶え間なく放出されていたことを示し、」「このような事故を示唆する記事が昭和53年(1978年)12月20日付けの新聞記事に出ています。福島民報記事では、資源エネ庁発表として、9月1日から始まる定検で、400体の燃料体のうち6体の被覆管から「微少な割れ(ピン・ホール)が発見された」が、「放射能もれといっても外界とは完全に遮断されており周辺地域への影響はない」と報道しています。同じ日付の朝日新聞では、「資源エネ庁から19日、福島県に入った連絡によると」、約400体のうち22体で放射能もれがあり、そのうち6体では燃料棒の一部にひび割れが見つかった。「伏谷潔所長の話では、ひび割れはいずれも長さ約10センチ程度」だと報道されています。」
ん?1号機? ごまめの歯ぎしりでは5号機と2号機だったけど。
1973年と1978年にピークがある。


福島第1原発・破損燃料80体 移送困難 廃炉阻む

福島第1原発1~4号機の使用済み核燃料プールに、原発事故前から80体の破損燃料が保管されていたことが明らかになった。処理が難しく、4号機で始まった取り出し作業に影響する可能性がある。

 東京電力によると、80体は燃料集合体で1号機に70体、2号機に3体、3号機に4体、4号機に3体。ほかに5、6号機に各1体、第2原発2号機に2体ある。ひび割れがあったり、小さな穴が開いたりしている。  1号機の使用済み燃料は計292体で、破損燃料の比率は4分の1に迫る。70体のうち67体が米ゼネラル・エレクトリック社製で、残る3体は日本ニュクリア・フュエル社(現グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン)が製造した。  破損燃料は1号機が運転を始めた1971年以降、保管された。ひび割れや穴から放射性物質が漏れて移送が難しく、東電は破損燃料が出るたびにプールに仮置きする弥縫(びほう)策に終始し、長年、問題解決を先送りにした。  燃料取り出しは廃炉工程の主要作業で、東電は第1弾として11月18日に4号機で始めた。2014年末までに全1533体を取り出す予定だ。3号機は15年度、1、2号機は17年度に実施する計画を立てている。  東電は「破損燃料は専用のキャスクを作って対応する」と工程への影響を否定しているが、福島原発での破損燃料の移送実績はなく、成否は不透明だ。国も破損燃料の輸送と保管に関し、合理的な安全規制の必要性を緊急課題に挙げている。  破損燃料は東電が再稼働を目指す柏崎刈羽原発(新潟県)にも計38体が保管されていたことが判明し、原発問題の新たな論点に浮上している。  元原子炉設計者で芝浦工大非常勤講師の後藤政志さんは「破損燃料からはフィルターでも除去できない放射性の希ガスが大量に発生し、10万年単位で隔離する必要がある。廃炉作業に与える影響は大きい」と指摘している。

2013年12月02日月曜日

「80体は燃料集合体で、1号機に70体、2号機に3体、3号機に4体、4号機に3体。5、6号機に各1体、第2原発2号機に2体ある。1号機が運転を始めた1971年以降」のもの。

制御棒の引き抜け事故というストーリー。4号機のヤバい製造をずっと試行錯誤しながらやってきたようにも見えるけど。

原子力産業新聞昭和54年(1979年)4月5日に昭和53年の運転実績が載ってる。1F1は定検中だったのだ。

原子力産業新聞昭和53年(1978年)2月16日の記事。1F1が戦列復帰した8日とは昭和53年(1978年)2月8日のこと。
「一年半ぶりに戦列復帰」と昭和53年(1978年)の運転実績が既に噛み合わない。


1977年東電OLの父親50歳「高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ」副部長から降格。そして、当時米カリフォルニアとスウェーデンとスイスと西独のムラで地下式原発がブーム。

どうやら東電OLと石井紘基が見つけたのは爆弾製造だったみたいだな。 そして石井紘基は特別会計も調べていた。

石井紘基は露の立場で抗議したに違いない。そして特別会計の「プルト商売」の障害になったので殺害されたのだ。

パナマ文書を調べててやっと判明した。 どうやら石井紘基はMOX燃料を再濃縮して北朝鮮の核兵器にするスキャンダルをつかんで殺されたみたいだ。

双日の代表取締役へ就任するひと月前に川崎浮島で交通事故死
そう言えばこれも核燃料利権でしたな。


石原都知事「東京湾に立派な原子力発電所があっても良いのでは」と発言。 2000年4月26-28日第33回原産会議 地下式原子力発電所政策推進議員連盟の平沼赳夫会長といい維新てどうして基地外が集まるの? この二人の基地外の意見を合わせると東京湾に地下式原発を計画してた事になる。東電OLの父親も絡んでそ~。


昭和55年(1980年)8月28日「中川長官動燃人形峠を視察」
「視察には地元選出の平沼衆議院議員、…らが同行した。」
人形峠を中川一郎と視察する地元選出の平沼議員。なんだー。平沼赳夫て人形峠の遠心分離器出身なのか。どーりで。


昭和60年(1985年)1月4日の原産新聞の謹賀新年広告に議員個人で広告をだしてる。斜め上に梶山静六の名前も。最初からムラの議員なんだな。岡山の選挙区は人形峠の為に派遣されたような。


さっそく昭和60年3月26日衆院科学技術委員会で平沼赳夫氏が六ヶ所にウラン濃縮プラントもう1か所売り込み。

ナゾの死を遂げたもんじゅ調査担当者・西村成生氏のファイル 週刊朝日

■原発施設反対派に露骨な“監視”する動燃

 1996年1月13日、高速増殖原型炉「もんじゅ」の事故隠蔽問題について調査を担当していた、西村成生(しげお)氏(当時49)が変死体となって発見された。動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現在の日本原子力研究開発機構)の総務部次長だった西村氏は生前、動燃のさまざまな“暗部”に触れざるを得ない立場にあった。その西村氏が残した膨大な資料、「西村ファイル」をひもとくと、原発や関連施設をめぐる反対派の市民運動家へ露骨な“監視”の様子が記されていた。ジャーナリストの今西憲之氏と本誌取材班が明らかにする。

*  *  *

 1988年、岡山県と鳥取県の県境にあるウラン鉱山・人形峠で、「ウラン残土問題」をめぐって住民と動燃の対立が起きた。これに関する資料では、動燃が住民について詳細に調べ上げていたことが分かる。住民の名前、生年月日、職業のほか、動燃に対する理解、住民に対する「工作方法」などについても記載があった。調査は家族関係にも及び、多くの世帯で家族の勤務先や家庭事情まで詳細に書かれていた。

 動燃は、都会から離れた小さな集落ならではの濃密な人間関係を、巧妙に「工作」に利用しようとしていた。たとえば、地元の有力地権者Aさんの項目には、〈本人は養子のため、養母、妻の意見に従うようである。方面(かたも)地区内の親しい知人、親せき等を説得し理解を求めたい〉

 農家Bさんについては、〈本家の○○を使い説得〉などと記載されている。ほかを見ても、「工作」方法はいよいよ具体的だ。

〈地元では、○○と本家分家の関係にある ○○町議→○○→本人の説得〉(県職員Cさん)〈本人は養子のため、実権は養母にある。区内の動きに従うことが多く、婦人会、親せき等の利用も考えられる〉(教員Dさん)

 地域独特の本家、分家や養子縁組と言った関係や地区の婦人会などを利用し、「工作」に使おうとしていたのだ。資料には、頻繁に「町議」の名前が出てくる。東郷町議だった前田勝美氏(現・湯梨浜町議)のことだ。本人がこう語る。

「その時の動燃人形峠事業所の所長が私の親類だった関係で、地元住民の説得を頼まれました」

 実際、その依頼で住民の説得をしたという。動燃は、政治家まで動員して“懐柔”に動いていたのである。

※週刊朝日 2013年3月15日号

手始めは人形峠だったのか。

衆院選2014で次世代の党が惨敗した理由?

東電OL→円山町(x 丸山町)→渋谷109→東急→王禅寺とふつうにつながりますな。

109

開業日 1979年4月28日
あぁ、やっぱりとうちゃんのことを調査してたんだ。なんとも切ない話ですなぁ。


日々佳良好「エッグマン」
よく読むと高輪の地下変電所に誘導してある。渋谷の電力館の地下にも変電所あるのに。もし東京に地下原発があるとしたら渋谷の電力館の地下だな。


渋谷のエッグマンと東電の電力館のとの距離はわずか徒歩210m。


東電OLの殺された丸山町の109で連想するものと言えば、昭和34年(1959年)「東急原子力グループ」が武蔵工大と共同で王禅寺にトリガ2型教育用原子炉を建設した件ですな。事実は小説よりも奇なり。
で、その背後にいたのが新任のハゲイ原子力委員長ですな。

東電OL殺人事件現場・渋谷道玄坂地蔵(渋谷区円山町)

「通常ならここで井の頭線に乗り換えて、自宅の西永福駅まで帰ります。ところが、1992年(平成4年)頃から円山町で売春をはじめていたといわれる彼女の帰り道はこれとは違うものでした。」
だったら神泉で降りるだろ?渋谷から円山町まで歩くか?現場って109だったんじゃねw
まぁ、それはおいといて1992年を調査開始。


1992年10月1日 通産省資源エネ庁の細谷孝利(ほそやたかとし)原子力産業課長 天安門事件で国際的に孤立した中国を原子力に誘導したと自白してますな。 つまり、天安門事件で国際的に非難される状況におとしいれ、その後で国際的孤立から回復するからと中国で原発を推進する作戦だったわけですな。

天安門事件のおさらい参照。


1992年4月2日六ヶ所ウラン濃縮工場が稼働。
「昭和62年(1987年)に事業許可申請、63年(1988年)10月から工事開始し、 平成3年(1991年)9月から原料ウランを搬入、10月から慣らし運転を行なってきたもので、 事業申請から、あしかけ5年弱で操業にこぎ着けた。」
六ヶ所ウラン濃縮工場が稼動したとしで、動燃がイケイケだった時ですな。

ECCS(非常用炉心冷却装置)が原子炉を破壊する
フクイチと同じスウェーデンのBWRのECCSに欠陥が見つかった年ですな。

東電、渋谷の電力館売却を断念 地下に変電施設あり困難

2011.12.15 01:30
 東京電力福島第1原発事故の被害者への損害賠償に充てるためPR施設などの売却を検討している東電が、東京・渋谷のPR総合拠点「電力館」を売却しない方針を固めたことが14日、関係者への取材で分かった。 電力館は東京の一等地に立地するため多額の売却益が期待されたが、電気事業に必要不可欠な変電設備が地下にあり、売却は困難と判断した。
今後はテナントの募集を検討する。

 電力館は昭和59年、発電の仕組みなどを紹介するパビリオンとして、JR渋谷駅から約600メートル離れた繁華街に建設された。 今年3月下旬にリニューアルオープンを予定していたものの東日本大震災で延期され、原発事故による事業の見直しで営業が再開されないまま5月末に閉鎖された。

 東電は5月、原発事故被害者に賠償金を支払うため、福利厚生施設や有価証券の売却、本業と関連の薄い事業からの撤退などで6千億円以上を捻出する計画を発表。 PR施設などを順次閉鎖し、買い手を探していた。

 しかし、電力館の地下には渋谷一帯をカバーする変電所があるほか、建物が渋谷支社に併設されているため、「電力館の切り売りは難しい」(関係者)と売却を断念した。 電力館は保有不動産の中でも資産価値の高い目玉施設で、その動静が注目されていた。

 不動産投資関係者によると、電力館は土地と建物合わせて少なくとも二十数億円の価値があるとみられている。

     ◇

 ■電力館 模型などの展示を通して、電気を身近に感じてもらうための東京電力のPR施設。 延べ床面積約3600平方メートルの8階建ての特徴的なデザインの建物で、東京・渋谷のファイヤー通り沿いにある。 リニューアル後は、二酸化炭素の排出量を削減する省エネ技術の展示などを充実させる予定だった。

地下原発って渋谷の事だったのだ。 と思ってたら豊洲の地下で水銀が検出される。初期の高速炉の実験炉クレメンタインの冷却材は水銀だった。


1970年(昭和45年)9月17日東急建設㈱が原産に入会。社長は五島昇氏。住所は道玄坂。


1970年(昭和45年)1月5日の広告。東電広告株式会社。住所は渋谷区神泉町22-2


2001年9月20日ハゲゾエ参議院議員のNS(ニュークリア・セイフティ)ネットワークの陰で 渋谷地下街株式会社相談役が東京商工会議所渋谷支部の会長をやってて、 柏崎商工会議所とエネルギーシンポジウム。
ハゲゾエは地下原発の人質だな。


1995年9月21日 「露の原潜設備再利用計画」。

どうもこれだな。

高速炉でナトリウム漏れが起きた時の健康被害とサリンは同じ症状になるのではないかと思ってる。デリゾールでメルトダウンしたのは露原潜の退役高速炉だな。

この露の退役原潜ががデリゾールに設置され、イスラエルに空爆されたよーな。

意外とサハリンに高速炉が沈んでるのかも。そうでなければ、これがデリゾールに設置され、イスラエルが空爆したのかも。原潜に2基搭載されてるのならシリアとサハリンはセットだったのかも。いやいや渋谷のエッグマンかもw

ダマスカスと松本、地下鉄サリン事件に共通するのは高速炉のナトリウム漏れなんでしょーな。

なぜそんなトンデモ話をするのか?
露退役原潜の「常設フロート型発電所(FES)」が「サハリン北部で起きた地震の為に中断されている。」から。で、FESは高速炉だった可能性があるからぁ。


1995年9月28日 露マラヒト社「露の原潜設備再利用計画」で退役原子炉を地下原発として再利用。
東電OLが殺される2年前(1995年)の記事
地下に原発を建設するというより退役した原子力潜水艦の原子炉の再利用。つか再利用を名目に国外に投棄するってことですな。

Liquid metal cooled reactor

Submarines

The Soviet November-class submarine K-27 and all seven Alfa-class submarines used reactors cooled by a lead-bismuth alloy (VT-1 reactors in K-27; BM-40A and OK-550 reactors in others). Both the Soviet and US navies had earlier constructed prototype attack submarines using LMFR power units.

The second nuclear submarine, USS Seawolf (SSN-575) was the only U.S. submarine to have a sodium-cooled nuclear power plant. It was commissioned in 1957, but it had leaks in its superheaters, which were bypassed. In order to standardize the reactors in the fleet, the submarine's sodium-cooled reactor was removed starting in 1958 and replaced with a pressurized water reactor.

あ、これだわな。「露のK-27をすべてのアルファ級原潜の冷却に鉛ビスマス合金を使用。」


見つけた。これだ。
1996年10月31日原産の原子動力研究会・建設グループ(主査・佐久田昌昭日大教授)が「135万KW級のABWR1基を全地下式で建設する概念の構築」を試みる
の半年後。 1997年3月19日東電OL殺人事件

退役する原潜は露だけでなく米にも英にもある。これって米の退役原潜の原子炉を軍のお下がりとして貰ってきて地下で使おうというアイデアだったのだ。うーむ。土人らしい発想だ。

■新世代のための会議 於:あみや旅館 2005.6.4

敦賀短期大学生15名、敦賀RC15名出席のもとで「新世代のための会議」を開催した。中村紀明新世代副委員長司会のもと、会長、神谷ガバナー、敦賀短期大学長佐久田昌昭氏の挨拶の後、4班わかれ、ロータリアンとグループディスカッションを行った。
敦賀ロータリークラブ。ぐげぇ。
「ロータリークラブ」ってご存知ですか?


1991年12月12日「地下原発、共存のための選択」
山崎拓 編著 自民党の衆参両議院の有志で構成する 「地下原子力発電所研究議員懇談会」
東電OLが殺される6年前


1989年7月13日ソ連、地下原発の検討を開始。
あぁ、やはり引き金になったのは1986年のチェルノブイリ事故だったのか。
しかしその後、露はAES-91(今のVVER型)でコアキャッチャーを開発。
そして土人の国では東電OLを殺害。


昭和55年(1980年)5月22日「地下立地原発、概念設計へ 百万Kw級炉を想定 地下200㍍に氏立地構想へ一歩前身」
「昭和52年(1977年)から実施してきた地下立地を想定した安全性実証試験で…」
ちょうど東電OLの父親が他界したときと重なるわけですな。

2012年11月15日からはじめた調査の結論。

この安全保障でも国防でもない新安保法案の目的は原発と同じ、カネだ。米の軍事予算。311まではせっせと西側諸国向けに兵器級プルトニウムを製造して特別会計で商売。一般会計の何倍ものカネが入ってきていた。それがなくなってしまった。なのでこんどはサウジのオイルマネー目当てに自衛隊をテロハケンするのだ。

原発で西側向けに兵器級プルトニウムをせっせと製造して特別会計でボロ儲けしてたら311発生。商売を自ら潰してしまった。なので次の商売はサウジのオイルマネーをあてにしてテロハケン商売に鞍替え。それが戦争法案。


昭和34年(1959年)11月5日【特殊核物質特別会計法】
「日米原子力一般協定にもとづき政府が行なう特殊核物質の賃貸購入、貸借に関する経理を 一般会計と区別して行うため、内閣総理大臣の管理する特別会計を設ける。

てことわー、内閣総理大臣の管理する「テロハケン特別会計」ができるってことだな。「イスラム国™特別会計」という名前になるかも。


衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第3号 昭和33年10月29日
あ、これかぁ。プルトニウムを使ったマネーロンダリングだな。


昭和34年(1959年)8月15日来年度の原子力予算。
「一、核燃料物質等の購入等に必要な経費(特殊核物質特別会計へ繰入)9億8千万円」
経費が発生する度に特別会計に繰入。マネロンというより打出の小槌だな。こりゃえーわ。

プルトニウムて西側諸国の通貨だったのかすら?IMFや通貨発行量とも連動してそーな。

JR横須賀線12時間半運休 東京地下駅に迫る「危険水位」

産経新聞 12月8日(火)7時55分配信 JR横須賀線12時間半運休 東京地下駅に迫る「危険水位」


排水トラブルのイメージ図(写真:産経新聞)

 東京都千代田区のJR横須賀線で6日、排水施設が機能不全に陥るトラブルがあり、東京-品川間は始発から夕方まで12時間半にわたって運転を見合わせた。JR東日本は原因を調査中だが、背景には東京の都市化という長い歴史に伴う地下水の問題があるようだ。(市岡豊大)

 ◆排水ポンプ泥詰まる

 JR東によると、横須賀線東京-品川間は大半が地下を通っており、地下のコンクリート外壁の隙間から出てくる地下水を、計7カ所の排水所で地表面へ排出している。

 今回トラブルが発生したのは東京-新橋間にある「有楽町排水所」だ。

 地下35メートルにある線路にたまった水は排水溝から5メートル下の貯水槽へ流れ、貯水槽の底から高さ4メートルまで水がたまると排水ポンプが作動、地表面へ水を送り出すようになっている。ところが今回、ポンプの水を取り込む部分に泥が詰まり、吸引力が大幅に低下。排水しきれなかった地下水が貯水槽にたまり、線路より上の水位に達することで線路はレール面から約10センチ上まで浸水し、最大約70メートル冠水した。

 線路を冠水させるほど大量の地下水が発生したのはなぜだろうか。

 ◆想定外の地下水回復

 「実は、東京駅地下では地下水位が徐々に上昇しているんです」と、東京都水環境課の担当者。同課によると、戦前から戦後にかけ、東京近辺では工業用水として地下水を大量に使用し地盤が沈下。そこで昭和30年代以降、都条例などで地下水の使用が規制された。この結果、地下水は徐々に回復したが、代わりに浮上したのが地下構造物への漏水問題だった。担当者は「高度経済成長期に造られた地下施設などでは地下水の回復は想定外だったようだ」と説明する。

 東京駅地下5階にある総武線ホームでは、地下水の流入量が増えたため、平成12年にはホームが地下水の浮力で浮かび上がらないよう130本のアンカーボルトを打ち込む補強工事を行っている。

 今回の有楽町排水所は東京駅よりも深いところにある。JR東は排水設備を2カ月に1回点検。10月中旬の点検で異常はなく、タンクの清掃は7月末から8月上旬に行っていたという。明治大学危機管理研究センターの市川宏雄所長は「きちんと点検やメンテナンスが行われたのか疑問が残る。地下水の問題は以前から分かっていることなので、排水設備が常時機能するのは最低限のことだ」と指摘している。

【今回トラブルが発生したのは東京-新橋間にある「有楽町排水所」だ。】w

東京では地下水が溢れている。しかし地下水を飲料水として使わず、汚染された利根川の水を飲んでいる。
これがずっと引っかかっていたのだけど、
エッグマンの地下で米原潜の払い下げのPWRがメルトダウンして地下水を汚染してしまったからなんじゃね。
それを地下式原発推進連盟で国民に知らせたかったのではないかな。)平沼赳夫。

東電 「実はさぁ…福島原発1号機の燃料棒、70本が震災前から破損してて取り出し不能ンゴwwwww」
2013年11月16日 コメント(386)

1:フランケンシュタイナー(新疆ウイグル自治区):2013/11/16(土) 18:26:05.59 ID:DUu/N0zNP
福島第1原発1号機 燃料震災前破損70体 全体の4分の1

福島第1原発1号機の使用済み燃料プール内にある燃料棒70体が東日本大震災前から損傷していたことが15日、分かった。プール内に保管されている使用済み燃料292体の4分の1に相当する。損傷した燃料棒を取り出す技術は確立しておらず、2017年にも始まる1号機の燃料取り出し計画や廃炉作業への影響が懸念される。
東京電力は、15日まで事実関係を公表してこなかった。同社は「国への報告は随時してきた」と説明している。
東電によると70体の燃料棒は、小さな穴が空いて放射性物質が漏れ出すなどトラブルが相次いだため、原子炉から取り出してプール内に別に保管していたという。
18日に燃料取り出しが始まる4号機プール内にも損傷した燃料棒が3体あり、東電は通常の取り出しが困難なため、対応を後回しにしている。
損傷した燃料棒は1、4号機プールのほかにも2号機プールに3体、3号機プールに4体の計80体ある。東電は専用の輸送容器を新たに製造するなど対応策を検討する。
損傷燃料が1号機に集中している理由について、東電は「1号機は当社で最も古い原発で、燃料棒の製造時、品質管理に問題があり粗悪品が多かったと聞いている。2号機以降は燃料棒の改良が進み、品質は改善した」と説明した。
1号機は東電初の原発で、1971年3月に商業運転を開始した。
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/11/20131116t63022.htm
「福島第1原発1号機の使用済み燃料プール内にある燃料棒70体が東日本大震災前から損傷していたことが15日、分かった。プール内に保管されている使用済み燃料292体の4分の1に相当する。」
1978年12月19日は「1F1号機で約400体のうち22体で放射能もれ、6体で燃料棒にひび割れ」と言っていたが 本当は「燃料棒70体」かぁ。

うーむ。
取り出し困難だからアップグレードできず、そのまま運転してたのか。そしたらメルトダウンしたのか。東電にカネがいくらあっても改修できなかったと。

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