弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

NRCにBWR3とBWR4のエキスパート6人の日本派遣を要請 update23

日本はNRCにBWR3(1F1)とBWR4(1F2-4)の設計に詳しい6人の日本派遣を要請。ML11235A559 148/223ページ

やっぱ設計わからずターンキー貰って運転するのはまずいんじゃね。

規制委が断層の話しかできないのでヘンだと思ってたけど、日本の電力会社て仕組みも判らず運転してるのだろうな。2時間でメルトダウンしてしまうのに米NRCに人材派遣を要請してるんじゃ間に合わないだろ。

/ML12052A109は Thursday, March 17, 2011(EST)の会話。

ML12052A109 p27

男性参加者:(聞こえない)記録しといて、
「4台の携行型ポンプがフクイチに木曜日の午後に横田から届く予定」
とチャックが言っていたけど、今のことだろ。

ML12052A109 p77
チャック・カストが日本に行く理由。

まるで映画の一シーンのような。


男「チャック、ジョン。何を根拠に使用済み燃料のペレットが地面に転がってると信じたのか?」
ジョン「線量が毎時20~30レムで、残骸をブルドーザーでおしなべた時に線量が70%まで下がったからだ。」
ジョン「使用済み燃料プールの汚染が20レムを発することはない。これは崩壊性物質だ。私が言いたいのは知ってるだろうけど、どのように爆発が起きたかだ。」


DOEの秘密部隊が初期対応したのか。ML12052A109 p115


ML12052A109 p119
そのDOEの部隊はスリーマイル島とチェルノブイリで活躍した部隊。 スリーマイル島とチェルノブイリで活躍したDOE部隊は世界原子力発電事業者協会(WANO)と東電のデータにバックドアからアクセスできると言ってるらすい。

ML11235A559

Thanks so much for your help - we have a strong database of names/expertise to support the Japanese. For this first wave, we are sending Chuck Casto, John Monninger, Tony Nakanishi, Tim Kolb, Jack Foster and Richard Devercelly. I believe that Bruce Boger has contacted all those going to join Tony Ulsis and Jim Trapp in Japan.

Chuck Castoがトランスクリプトに頻出してたの日本に派遣されたBWRの専門家だったのだ。

ML12052A108 366ページ

あ、Chuck Castoて米軍とヤクザとヤツコの窓口やってた人か。 Fukushima50はヤクザだった

ML13148A064

たしかにChuck Castoのグループは米軍(US Millitary)とUSAIDと合流して現地チーム(Site Team)だったようですな。


The team is led by Charles A. Casto, deputy regional administrator of the NRC's Center of Construction Inspection, based in NRC's office in Atlanta. Casto has worked in the commercial nuclear power industry at three different nuclear power plants, including Browns Ferry, which has three boiling water reactors, operated by the Tennessee Valley Authority in Alabama. He has also worked as a licensed reactor operator and operator instructor. Casto will provide a single point of contact for the U.S. Ambassador in Japan on nuclear reactor issues.
Chuck Castoがリーダーなのは経歴にTVAのBrows Ferryがあるからか。駐日米大使館との原発問題の窓口。


ML12052A109 p424
ジョン・ケリーが核担当国務次官補(Deputy Assistant Secretary for Nuclear)のPeteの要請でDOEのスタッフを日本に派遣しNRCのチームと合流させる。DOEのミッションは不明。

ML12052A109 p227でPETEはピート・ライオンズ核担当国務次官補と判明。
Dr. Peter B. Lyons - Assistant Secretary for Nuclear Energy
げ。
核担当国務次官補ピート・ライオンズ博士の経歴を語ると秘密保護法に引っかかりそーな。

MOX-presentation-6-24-13.ppt


1992年SRSの製造炉(K-Reactor)は閉鎖され、ハンフォード再処理工場で兵器級プルトニウムを抽出することはもはややってない。

Making nuclear reactors blackout proof

Browns Ferry is run by the TVA, which is owned / operated by the US Government. As such, it is NOT a proxy for the "nuclear industry".

TVA operates differently than commercial operators at the command of the US Government. For example, the TVA reactor at Watts Bar is used to make tritium for US nuclear weapons. NO OTHER power reactor does that.

The US Government shutdown its last tritium production reactor at Savannah River in 1988. The Government had a supply of tritium on hand, but since it is radioactive and decays to He-3 with a 12 year half-life; that wasn't going to last. The Government either had to build a new production reactor at Savannah River, or find another way to get tritium. It was the Clinton Administration that made the choice; an alternate way to building another production reactor. The Government already owned some reactors, via the TVA. So TVA's Watts Bar was chosen to make tritium for the Government. That's NOT a general plan by the "nuclear industry".

TVAのあやしー原発


F) TVA Browns Ferry Nuclear Plant
W) TVA Watts Bar Nuclear Plant
S) TVA Sequoyah Nuclear Plant
B) TVA Bellefonte Nuclear Plant

専用の製造炉はなくなってしまったけど米政府はTVAに商用炉(PWR)でTPBARを燃やして水爆用トリチウムを製造させてるわけですな。つまり商用炉で水爆用トリチウムを作ってる。そんなことをやってるのはTVAだけ。それでは同様にBrows Ferry(BWR/MarkⅠ型)で兵器級プルトニウムの製造をやってるのではないかと疑えるわけですな。そしてBrows Ferryと同じことを4号機でやっていたのでははないかと推測できるわけ。やはり311の事故究明の鍵はTVAのBrowns Ferryですなー。

Browns Ferry Nuclear Plant

1974年8月1日Browns Ferry#1 臨界
1975年3月1日Browns Ferry#2 臨界
1977年3月1日Browns Ferry#3 臨界
1985年全基シャットダウン
1991年Browns Ferry#2 再稼動
1995年Browns Ferry#3 再稼動
2002年5月Browns Ferry#1 株主総会が再稼動許可
2006年5月NRCライセンス更新 2033/2034/2036まで延長
2007年5月Browns Ferry#1 再稼働
2012年10月20日3基連続運転記録138日5時間43分を記録
2013年12月14日3基連続運転記録223日4時間14分を記録

ニューディールの象徴TVA総裁で初代原子力委員長リリエンタール氏「原子力平和利用で起きた事実」 (1)初期の意気込みとちがい、原子力平和利用が人類の生活に「劇的な」恵みをもたらすという見込みはどうやら薄くなった。

新聞の下段にも注目。
従来アメリカで「軍事」という錦の御旗で大道を通れた原子力平和利用が、 今日では「普通の道路を普通の服装で通れ」(リ氏発言)と怒鳴られる。 以降ムラは対公衆活動を開始。


「石炭業界とくに全米石炭政策会議会長のジョセフ・M・ムーディ氏は、 TVAは原子力発電所の運転経験を得るために実際の運転コストの比較を軽んじたのではないかとの懐疑的見解を表明してる。」


昭和59年(1984年)8月29日TVAが原発4基をキャンセル。やはりこのあたりからあやしくなっていきますなー。

そしてDOEは1995年にワッツバー、セコイア、ベラフォンテのPWRで1年に5.5%水爆のトリチウムが減っていくのでTPBAR使って生産しようと画策しはじめる訳ですな。 ML032460402

1984年から1995年まで10年空いてますな。経営的に行き詰ったTVAがTPBARに着手する前にブラウンズフェリーのBWR3基で何を生産しようとしたのかすらー。

もちろん米国内には他の電力会社もBWRもあるわけですが、いわゆる米の原発ムラではなく国策としてやらされてるのはTVAだけ。それはニューディール政策からのケイゾクなわけですな。




TPBARを燃やしてるPWRは未完成ステータス。


2004年4月23日TVAを中心としたGE、東芝、USECなどなど、最近の悪の枢軸を集めた第3のコンソーシアムを結成してる。 商用原発で核兵器用途のトリチウムを製造してるTVAがABWRのコンソーシアムか。ひょっとして英WylfaとOldburyにABWRが建設されるのと同じ理由なのか。柏崎刈羽67のABWRは本当に発電用途なのか。


1号機が1985年以来22年ぶりに再稼動する?ありえねー。1F4みたいな製造炉なんだろ。

ハンフォードの代わりの再処理工場てここか。
兵器級を抽出する再処理工場があるのに製造炉がないってヘンでしょ?たぶんそれがブラウンズフェリーですな。

U.S. Nuke Official: ‘This Is Too Big for Tepco’
〔★★★ NRCフクイチ議事録〕 3号機プール 「全部、飛び散った」  Unit 3 “everything else gone”  まともなプールは1号機だけ the only pool that might be okay is Unit 1.

「私はプールには水がないと一段と確信している。職を賭してもいい」とチャックが4号機プールに執着する理由がわかったよーな。 m9( ゚д゚)

「最終的に日本は燃料プールには常時水があったとの結論を出した。カスト氏はその点に関して部分的に認めたものの、4号機の問題は東電がとらえているよりもずっと深刻であった可能性があると今も考えていると語った。」

チャックは日米原子力協定で米軍に「施設の提供(相互利用)」が行われていることを東電が知らないと懸念したな。

プールは1号機から3号機にもあって4号機程ではないけどそれぞれ数百本溜まっていた。どうして4号機プールが最優先なのかイミフだったわけだけど、要するにPu239が最大になってる使用済み核燃料だったのだ。

「カスト氏は先日、NRCのトップ職の1つ、リージョンIIIのシカゴ在勤の行政官に任命された。」 おいチャック。今は暇なんだろ。日本に来て説明しろよ。


官邸(細野)、防衛省(MOD)、外務省(MOFA)、経産省(METI)、保安院(NISA)、東電(TEPCO)が 赤ん坊のミルクを作るための飲料水を米に要請してるのをADAMSで読むと、きっついわー。何てゆーか日本の無力さを痛感して涙がでるとゆーか。 ML13148A065 86/259ページ。

それから戦争屋とヤクザが幅を効かせるようになったとさ。


再びML032460376の20/651ページ。
「1.商用原発(CLWR)でのトリチウム製造は国際的に禁止されてない。
2.過去にハンフォードのN-Reactorが商用と軍用のプルトニウム生産をしていた実績がある。」

「(1)原子力委員会は商用原発の使用済み燃料から分離したプルトニウムの使用を防衛用途を含めて制限してない。
(2)商用と軍用の両方の用途での核燃料の製造も制限してない。
(3)TVAの発電力を軍の核物質製造に使用することも制限してない。」

つまり米では何も問題ではない。
ハンフォードのN-Reactorは1963年から1987年まで稼動していた。そしてブラウンズフェリーの3基のBWRが発電から離れたのが1985年。N-Reactorの代わりだな。

Hanford's N Reactor sealed
ハンフォードの発電と軍用プルトニウム生産を兼用できるN-Reactorを建設したのはJFKだった。

さて。やっとここまでたどりついたかんじだ。とても長い道のりだった。ウラン鉱石を4%程度に濃縮して劣化ウランが大量にでて原発の燃料に使うのなら何も問題はないはず。

石井紘基が刺殺されたのは、4号機が製造炉になっていることに気付いたからではなかった。 もっと手っ取り早いことをやってたのだ。

2000年4月13日松江市の島根原発1、2号機で発覚した点検漏れ問題で、 中国電力の緊急対策本部で原因調査に当たっていた同社電源事業本部の男性部長が13日午前、 松江市のホテル駐車場で飛び降り自殺。
2000年4月26日石原都知事第33回原産会議「高速増殖炉(FBR)の開発は大切な試み…」「東京湾に立派な原子力発電所があっても良いのでは」と発言←高速炉はプルトニウムの処分用途。
2000年4月30日中曽根弘文科技庁長官が米DOE長官と露の解体プルトニウム処分でBN600のフルMOX改造協力強化を確認
2000年7月ロシアのプーチン大統領が2000年に北朝鮮の故・金正日総書記と会談した際に、「原爆を保有している」と聞かされていたことを明らかにした。
2000年9月米露が余剰プルトニウム34トンの廃棄に合意。
2000年12月30日世田谷一家殺害事件。
2001年7月21日核燃サイクル開発機構が露とMOX振動充填(バイパック)燃料製造の共同研究契約締結
2002年4月6日小沢一郎自由党党首「あまりいい気になると日本人はヒステリーを起こす。核弾頭をつくるのは簡単なんだ。原発でプルトニウムは何千発分もある。本気になれば軍備では負けない。そうなったらどうするんだ。」
2002年5月13日安倍晋三官房副長官が早稲田大学で核武装発言
2002年5月29日ITER計画を国策とすることを発表。閣議了解5月31日
2002年5月31日福田康夫官房長官が核武装容認発言
2002年6月6日福田官房長官にちんたろうが核兵器資料送付
2002年7月4日MOX燃料をBNFLに返送出航
2002年9月17日MOX燃料(1回目)がBNFLに到着
2002年9月17日小泉訪朝1回目
2002年9月末日本は露の余剰プルトニウムの廃棄にバイパック製法を技術供与してBN600でのテストに成功
2002年10月15日原発データ改竄事件で引責辞任した南直哉の後任として勝俣恒久が東京電力社長に就任
2002年10月25日石井紘基議員刺殺。石井紘基はMOX燃料を再濃縮して北朝鮮の核兵器にするスキャンダルをつかんで殺されたのさ。

そしてその調査を石井紘基に命じたのは露だ。なぜならせっかく米露合意で核軍縮してるのに 東電が4号機で兵器級プルトニウムを製造すると東西の軍事バランスが崩れるからだ。

吉田調書「誰も助けに来なかった」「恨み」吐露・・・東電は作業縮小し、役人は現場に来ないで無関係の人が作業を手伝っていた

 東日本大震災発生3日後の2011年3月14日午前11時01分、福島第一原発の3号機が爆発した。
 分厚いコンクリート製の建屋を真上に高々と吹き飛ばしたところを無人テレビカメラに捉えられ、ただちに放映された、あの爆発だ。

——— 水が欲しいときっとなるだろうから、そうだったら、何はともあれ外との間の
パイプラインをつくってしまえという指示をどこかで出したのかなと思っていたんですが、
パイプラインを何でもいいからつくってくれと、そんなことまでは頭が動かないのか、それとも、言っても先ほどのように。

吉田「それはわからないです。私はこの中にいましたので、外からどういう動きをしていたかはちっともわからないんで、 結果として何もしてくれなかったということしかわからない。途中で何かしてくれようとしていたのかどうか、一切わかりません」 

——— わかりました。私はそこまででいいです。

吉田「逆に被害妄想になっているんですよ。結果として誰も助けに来なかったではないかということなんです。
すみません。自分の感情を言っておきますけれども、本店にしても、どこにしても、これだけの人間でこれだけのあれをしているのにもかかわらず、
実質的な、効果的なレスキューが何もないという、ものすごい恨みつらみが残っていますから」

——— それは誠にそうだ。結果として誰も助けに来てくれなかった。

吉田「後でまたお話が出ますが、消防隊とか、レスキューだとか、いらっしゃったんですけれども、 これはあまり効果がなかったということだけは付け加えておきます」
 3月12日午後の1号機の爆発に続き、日本史上2度目の原発の爆発も、ここ福島第一原発で起きてしまった。  外で作業にあたっていた人が怪我をした。当時、原子炉への注水は、 3号機の海側にある逆洗弁ピットというくぼみにたまった海水を、消防車で汲み上げておこなっていた。 その屋外作業に大勢がかかわっていた。
 また、自衛隊がちょうど給水車で原子炉に入れる水を補給しにきていた。作業をしていた6人は被曝し、何人かは怪我もした。
 福島第一原発では所長の吉田昌郎以下、所員の落ち込みようは激しかった。吉田はサイト、 すなわち発電所のみんなの声を代弁し、午後0時41分、テレビ会議システムを使って、声を詰まらせて東電本店に次のように訴えた。
 「こんな時になんなんだけども、やっぱり、この……、この二つ爆発があってですね、 非常にサイトもこう、かなりショックっていうか、まあ、いろんな状態あってですね」  社長の清水正孝の答えは、次のようなものだった。
 「あの、職員のみなさま、大変、大変な思いで対応していただいていると思います。 それで、確かに要員の問題があるんで、継続につき検討してますが、 可能な範囲で対処方針、対処しますので、なんとか、今しばらくはちょっと頑張っていただく」
 東電本店はヒトだけでなくモノの面でも福島第一原発を孤立させていた。

咬み合わないですなー。2011年3月14日にNRCがエキスパートを招集、すぐに日本に派遣してるのに。

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