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佐戸未和(さどみわ)記者の過労死の外部への公表を望まなかったNHK。update5

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記事投稿日:2018/07/29 11:00 最終更新日:2018/07/29 11:00
残業200時間超……’13年7月に過労のため31歳で急逝したNHK記者・佐戸未和さん。今国会での“過労死促進法案”成立に、両親は再び怒りと悲痛の叫び声をあげる――。
「大事な娘を先に失った親の気持ちがわかりますか。未和の誕生日の6月26日、命日の7月24日が近くなると、特に悲しくなります。私はいまでもお薬を飲まないと眠れません。無理にでも眠って、ようやく見る夢のなかでも、私はやはり悲しんでいて、悲しい気持ちのまま朝が来る。そうしてまた、つらい一日が始まるんです」
つらい気持ちのまま、母・恵美子さん(68)は先月まで、国会に連日通っていた。安倍首相が最重要法案と位置付けた働き方改革関連法案の審議を見つめるためだ。
「1カ月だったら休日出勤も含めて100時間の残業上限なんてとんでもない。80時間だって、それ以下でも亡くなる方はいるんです。過労死遺族は、抗議の気持ちを伝えるために通い続けましたが、国会議員の先生方は、遺族が傍聴していることを知りながら、答弁中に頻繁に出入りしたり、スマホを見たり、居眠りしたりと真剣さがなく、怒りでいっぱいになりました」(恵美子さん)
6月29日、賛成多数で働き方改革関連法は成立した。いまも悲しみに暮れる母親らが見守るなか、過労死促進の可能性がある法案が通ってしまった。
結婚も決まっていた。新たな人生のスタートを前に、未和さんは胸をときめかせていたはずだ。すぐそこに見えていた輝くばかりの彼女の未来。それを、無残に断ち切った過重労働による過労死。
’05年4月、NHKに入局した未和さん。5月に配属された初任地は、鹿児島放送局だった。鹿児島で5年勤務した後、首都圏放送センターに異動になり、未和さんは都庁クラブに配属された。
’13年、6月に都知事選、続く7月には参議院選があり、未和さんは取材に忙殺される日々が続いた。7月21日に参議院選の取材を終え、23日には、横浜放送局へ異動する彼女の歓送会が開かれた。亡くなったのは、歓送会から帰宅した後とされている。直接の死因は、うっ血性心不全だった。
29日に通夜、30日に告別式が営まれ、のべ1,000人が参列した。だが、葬儀が終わっても、家族には釈然としない思いだけが残った。恵美子さんは、未和さんの病歴や薬を調べた。父・守さん(67)は、NHKから娘の勤務表を取り寄せた。
「愕然としました。これは何だ! と、怒りが湧いてきました」(守さん)
それは、長年メーカーで、管理職として働いてきた守さんにとって、信じがたい勤務表だった。上司が部下一人一人の残業時間をチェックし、深夜勤務や休日出勤には常に注意を払い、社員の労働時間の管理をきちんとする、それが普通ではないのか。
ところが、未和さんは、5月末から最後の出勤日となった7月22日まで、休日はほとんどなく、都議選の6月、参院選の7月は勤務時間が10〜25時という日が何度も記載されていた。
「記者の勤務時間はすべて自己申告で、1日15時間以上は申告できないそうです。未和は、ほとんどの日で15時間ピッタリ。実際は、それ以上、働いていたのではないかと疑問に思いました」(守さん)
守さんは、NHKにパソコンや携帯電話の記録、タクシーの利用状況の提出を求めた。複数の資料を照らし合わせて浮かび上がってきたのは、未和さんの過酷な労働状況だ。
勤務時間が連日10〜25時となっているのに、朝6時台に自宅から都庁までタクシーに乗っていたり。携帯メールの受信記録では、深夜2時、3時にも、選挙の候補者の情報が寄せられていたという。
「主人は夜になると、提出された資料を何度も見返しながら、涙を流していたんです」(恵美子さん)
調べるうちに真夏の炎天下、候補者や政党の演説に同行し、街頭調査や出口調査、局内での夜間の票読み会議、番組での選挙レポートと、未和さんの奮闘ぶりも見えてきた。
「1月に膀胱炎を患っていたからでしょうか。連日35度を超す猛暑のなか、未和は余分な水分をとろうとせず、薄いスイカでしのいでいたそうです」(恵美子さん)
選挙戦での綿密な取材が評価され、葬儀の日付で未和さんに、報道局長特賞が贈られたが、娘の過重労働が明らかになるにつれ、両親のNHKに対する不信は募った。
「殉職のような扱いで、腹が立ちます。『他社に先んじて、当確を打ち出した』ことが称されていますが、数分、数秒、早く結果を出すことに、どれほどの意味があるのでしょう。こんなもののために未和は死んだのかと思うと、本当にやりきれません」(恵美子さん)
両親が執念でたどった未和さんの足跡を一目見た弁護士は、「これは過労死の疑いが非常に強いです」と、即答。未和さんの死から10カ月後の’14年5月、過労死と認定された。
労災認定の過労死ラインは80時間とされている。しかし、未和さんの直近1カ月の残業時間は、認定されただけで159時間。両親が調べた結果では、209時間にも上っていた。過労死認定はでたものの、両親には何の達成感もなく喪失感と苦しみのほうがはるかに大きかった。
今年1月から、過労死遺族たちと国会にほぼ毎日、傍聴に通い「働き方改革関連法案」の行方を見守ってきた恵美子さんはこう話す。
「労働者側ではなく、企業側に都合のいい法案が通ってしまったのは残念です」(恵美子さん)
年収約1,000万円以上の専門職は、労働時間の規制を外すという「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」。年収上限が将来的には下がり、過重労働を増長させるとの指摘が識者からある。しかし、議論もほとんどないまま衆参両議院であっさりと通過、成立したのだ。
「寝る時間もなく働くと、人は死ぬ。過労で、ある日突然死ぬんです。仕事は、人が幸せに生きるためのものなのに、それで人が死ぬなんて。遺族の沈黙は、次の犠牲につながります。未和は過労死根絶の人柱になったのだと思い、労働者の働き方が本当に変わるまで訴え続けていきます」(恵美子さん)

ぐは。エルドリッヂかぁ。そして参院選。秘密保護法。

【全文】「娘の勤務状況は異常だった」 NHK記者過労死、母親が初めて語った思い 過労死防止シンポジウムで、大勢の人々を前に訴えたこと。
2017/11/8 17:54
Kota Hatachi 籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan
2013年に過労死していたことが明らかになったNHK首都圏放送センター記者・佐戸未和さん(当時31)の母親・恵美子さんが11月8日、東京都内で開かれた「過労死等防止対策推進シンポジウム」に登壇し、その心中を語った。
恵美子さんが公の場に立ったのは、今回が初めてだ。時折、嗚咽をこぼしながら。娘に死をもたらした「異常な働き方」について、語った。
Kota Hatachi / BuzzFeed 2013年7月25日、午後2時半。当時駐在していたブラジルのサンパウロで、私たち遺族は長女未和の悲報を受けました。
娘の職場の上司の方から、主人の携帯に「未和さんが亡くなられた」と。
状況も死因も皆目わからず、半狂乱になった私は主人に引きずられるようにしてその日の最終便に乗り、2日後に帰国。死後4日目の、変わり果てた娘に対面しました。
夏場で、遺体の損傷も激しいため、翌々日に葬儀を出し、私は放心状態のまま家に戻り、毎日毎日、娘の遺骨を抱きながら、娘の後を追って死ぬことばかり考えていました。
人生の道半ばに達することもなく、生を絶たれた未和の虚しさ、悔しさを思うと哀れでならず、親として我が子を守ることができなかった深い後悔の念に苛まれ、自分を責め、いまもなお、もがき苦しんでいます。
あまりに突然の死。真夏、夏場の炎天下、2ヶ月にわたる都議選と参議院選挙の選挙取材中の急死。これは、過労死ではないかと思いました。
娘の勤務先から入手した勤務記録を見たとき、主人は泣いていました。
候補者、政党の取材や演説への同行、出口調査、街頭調査、票読み会議など、情勢についてのテレビ報道、出演、当選確実判定業務などに奔走し、土曜も日曜もなく、連日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした。まともに睡眠をとっていませんでした。
「一番弱い未和が犠牲になった」
時事通信
労災申請にあたり、娘の勤務記録のほか、タクシーの乗り降り記録、パソコンに残っている受発信記録、携帯電話での交信記録を調べた結果、亡くなる直前1ヶ月の時間外労働時間は209時間、その前の月は188時間でした。
どうして、こんなに長時間労働が職場で放置されていたんでしょうか。娘は報道記者であり、事業場外みなし労働時間制が適用されていたようで、職場の上司は娘の死後、「記者は裁量労働で、個人事業主のようなもの」と何度かおっしゃいました。
こうした管理者の意識が部下の社員の労働時間のチェックもコントロールもせず、無制限な長時間労働を許すことになり、また、組織としても社員の命と健康を守るために、適切な労働時間管理を行うという責任と厳格なルールが欠けていました。
同じ職場のチームワークのあり方にも、問題があったと私たちは思っています。記者はめいめいが自己管理という縦割りの考え方が強く、選挙取材中、チーム内で互いに協力し、助け合うこともなかったようです。
いちばん若くて、独身で身軽な未和が、土曜も日曜もなく、連日深夜まで働いていることを、チームのベテラン記者のだれかが気遣ったり、配慮することもなく、職場で一番弱い未和が犠牲になりました。失わずに済んだ命でした。

未和は会社の「人柱」になった

未和が亡くなったあと、会社から娘に対して、都議選、参院選での正確、迅速な当確を打ち出したことにより、選挙報道の成果を高めたとして、報道局長特賞が届きました。
災害や事件で、一刻の猶予もならぬ人の生死に関わるような取材活動に奔走した結果ならともかく、選挙の当確を一刻一秒はやく打ち出すために、200時間を超える時間外労働までして娘が命を落としたかと思うと、私はこみ上げる怒りを抑えることができません。
なぜ、職場でこんな長時間労働が放置されたのか。徹底的な自己検証と過労死への深い反省がなければ、どんな改革も取り組みも浸透しません。
私たちは、未和は今後会社が進める一連の働き方改革の人柱になったと思い、過労死の再発防止と改革の推進を見つめていきます。
娘はかけがえのない宝。生きる希望。夢、そして支えでした。未和の匂い、未和の体の温かさを私はこれからも忘れることはありません。
私たちと同じ苦しみを背負う人が今後二度と現れないことを、切に願っております。
BuzzFeed JapanNews

「夏場で、遺体の損傷も激しいため、翌々日に葬儀を出し、私は放心状態のまま家に戻り、毎日毎日、娘の遺骨を抱きながら、娘の後を追って死ぬことばかり考えていました。」
げ。臓器狩りか?

「公表望まず」両親否定 記者過労死 NHKと食い違い 2017年10月15日 朝刊
 NHKの佐戸未和(さどみわ)記者=当時(31)=が二〇一三年に過労死した問題で、NHKが今月まで公表していなかった対応を巡り、「遺族側代理人から家族が公表を望んでいないと聞いていた」と説明するNHKに対し、未和さんの両親や代理人弁護士は「事実と異なる」と否定し見解が食い違っている。
 NHKは、未和さんが長時間労働による過労死と認定された翌月の一四年六月に認定の事実を把握したが、今月四日まで公表しなかった。
 NHKは同日の記者会見で「代理人から聞いたところでは当時、外部への公表を望まないと言っていると伺った」と説明。今年七月の未和さんの命日以降、両親から過労死の事実を内部で周知するよう求められたことを受け、公表に至ったとしていた。
 だが、両親と十三日に記者会見した代理人の川人(かわひと)博弁護士は「私から公表しないでほしいと要請することはない」と主張。父親は「娘を突然失った喪失感と悲しみで公表を考えることもできなかった」とする一方、局内にすら伝えていなかったことに「初めての記者の過労死で、不名誉な案件のため表に出さないことにしているのではないかと疑念があった」とした。
 NHKは両親の記者会見を受けて十三日、「ご両親から指摘を受け、八月以降は会議などで周知をしている」とのコメントを出した。
つまりNHKに対するテロだとじゅうぶん認識していて、報道を自粛していたことに。

NHKの31歳女性記者が過労死 残業、月159時間 牧内昇平2017年10月4日20時45分
13年7月に過労死したNHK記者、佐戸未和さん(遺族提供)
 日本放送協会(NHK)の記者だった女性(当時31)が2013年7月に心不全で死亡したのは過重労働が原因だったとして、14年に渋谷労働基準監督署(東京)が労災を認定していたことが分かった。NHKが4日、発表した。ピーク時の時間外労働は月150時間を超えていた。
亡くなった時も携帯を握ったまま… NHK記者過労死
 新入社員が過労自殺した広告大手・電通に続いて、公共放送の職員の過労死も発覚したことで、メディア関連企業の長時間労働の是正を求める声がさらに強まりそうだ。
 遺族は今夏以降、女性の過労死を局内全体に周知して再発防止に生かすようNHKに強く求めてきた。女性が労災認定を受けてから3年余り。NHKはこの間、電通の過労自殺事件をはじめ、過労死問題を手厚く報道してきたが、局内で起きた過労死については、遺族から強い要望を受けるまで職員に広く周知していなかった。
 NHKや遺族の説明によると、亡くなったのは、入局9年目だった佐戸未和(さど・みわ)さん。05年3月に一橋大法学部を卒業後、同年4月に記者職としてNHKに入局。鹿児島放送局で5年間勤めた後、10年7月から東京・渋谷の首都圏放送センターで勤務していた。同センターでは、主に東京都政の取材を担当。都庁の記者クラブに所属していた。亡くなる直前は、13年6月の都議選、同7月の参院選の報道にかかわった。参院選の投開票から3日後の7月24日ごろ、都内の自宅でうっ血性心不全を起こして急死した。
 渋谷労基署によると、亡くなる直前の13年6月下旬から7月下旬まで1カ月間の時間外労働(残業)は159時間37分。5月下旬からの1カ月間も146時間57分にのぼった。労基署は都議選と参院選の取材で「深夜に及ぶ業務や十分な休日の確保もできない状況にあった」と認定。「相当の疲労の蓄積、恒常的な睡眠不足の状態であったことが推測される」とした。
 遺族は13年10月に労災を申請し、翌年4月に認められた。遺族が業務用のパソコンや携帯電話の使用履歴などを調べたところ、労基署が認定した残業(6月下旬からの1カ月で約159時間)を上回る長時間労働が判明したという。
 佐戸さんの父は「適切な労務管理が行われず、長時間労働が放置されていた。NHKは未和の死を忘れず、全職員で未和の死を受けとめ、再発防止に力を尽くしてほしい」と話している。
 NHK広報は朝日新聞の取材に対し、「当初は遺族側から公表を望まないとの意向を示されていたので、公表を控えていた。佐戸さんの死をきっかけにした働き方改革を進める上で、外部への公表が必要だと判断した」としている。(牧内昇平)
【主に東京都政の取材を担当。都庁の記者クラブに所属していた。亡くなる直前は、13年6月の都議選、同7月の参院選の報道にかかわった。参院選の投開票から3日後の7月24日ごろ、都内の自宅でうっ血性心不全を起こして急死した。】w
2013年6月の都議選と7月の参院選かぁ。不正選挙を調査して消されたな。
もろこれかぁ。
福島県警捜査2課の3人死亡で不正選挙捜査に圧力をかけーた

2013年7月21日参議院議員選挙
2013年7月24日参院選の投開票から3日後、NHK佐戸未和記者が都内の自宅でうっ血性心不全で急死
2014年4月下旬捜査2課課長補佐の警部(当時51歳)と指導官の警視(当時52歳)の2人が相次いで自殺
2014年6月26日捜査2課長は戒告処分
2014年6月29日新宿南口の集団的自衛権に反対した焼身自殺をNHKが報道しない
2014年9月1日後藤光一1等海曹の護衛艦内でいじめ自殺が記事
2014年9月2日内閣府職員は溺死「事件性はなし」
2014年9月2日テレビ朝日「報道ステーション」岩路真樹ディレクターが練炭自殺
2014年10月2日「さみだれ」の阿部清司1等海曹、飲酒後に桟橋から転落死
2014年10月26日福島県知事選挙
2014年11月12日40歳代の捜査2課警部補が首をつって死亡
「主に選挙違反などの捜査を担当する捜査員だった」
2015年1月22日湯川遥菜と後藤健二(JOGO)拉致でイスラム国™がハッサン中田ではなくNHKにコンタクトを取る。
2015年2月21日沖縄宜野湾市の沖国大生が交差点待ちの老人に奇声を上げながら首に切りつける

なぜイスラム国™はハッサン中田ではなくNHKとコンタクトするの?

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