弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

1974年のウラン濃縮不足は米露のダウンブレンド・ビジネスの営業作戦だな update1

日本赤軍てのは今の「イスラム国™」のことだったんじゃないかという仮説に基づき、 日本赤軍の事件のスピン対象を検証するマニアックな試みw

「シンガポール事件」でスピンしたかったものは何だったのか?

1974年1月5日「キッシンジャー米国務長官、エネルギー危機打開で提言」 「行動グループ設立へ、日米欧濃縮分野で強調を」
1974年1月10日「ソ連と濃縮契約結ぶベルギー、自由諸国では3番目」
1974年1月10日「EDFからBWR2基を正式受注」
1974年1月10日「わが国にとって最初の」「ソ連訪日原子力視察団が来日」
1974年1月10日「米AECウラン輸入禁止措置緩和へ」
1974年1月17日「仏から濃縮ウラン購入へ」
1974年1月24日「ソ連訪日視察団、多大の成果を得て帰国」
1974年1月31日【日本赤軍】シンガポール事件
1974年2月6日【日本赤軍】在クウェート日本大使館占拠事件


昭和49年(1974年)1月5日「キッシンジャー米国務長官、エネルギー危機打開で提言」
「行動グループ設立へ、日米欧濃縮分野で強調を」

ウラン濃縮不足と大量の劣化ウランによる環境破壊を 米露核軍縮のHEUをダウンブレンドしたウランで賄おうというアイデアはキッシンジャーだったんだ。

確かにいいアイデアだったな。
土人が4基同時メルトダウンさせ、太平洋を汚染、トリチウム水による異常気象の過激化、人類滅亡いや惑星全体が滅亡に向かい始めるまでは…


昭和49年(1974年)1月5日「新春放談、原産会長と落合恵子」


昭和49年(1974年)1月10日「ソ連と濃縮契約結ぶベルギー、自由諸国では3番目」


昭和49年(1974年)1月10日「EDFからBWR2基を正式受注」

Saint-Laurent Nuclear Power Plant
ん?サン・ローラン・デ・ゾー原子力発電所はPWR原子炉2基ですな。
あー、仏がウラン濃縮契約を取り付けるための土人のエサだ。


昭和49年(1974年)1月10日「わが国にとって最初の」「ソ連訪日原子力視察団が来日」

すべてキッシンジャーのセッティングですな。


昭和49年(1974年)1月10日「米AECウラン輸入禁止措置緩和へ」
米にはダウンブレンドの技術がないから。


昭和49年(1974年)1月17日「仏から濃縮ウラン購入へ」
EDFのBWR2基正式発注が効いたわな。しかしそんなBWRは建設されてない。


昭和49年(1974年)1月24日「ソ連訪日視察団、多大の成果を得て帰国」

【とくにウラン濃縮サービスについては「いかなる提案をも検討する用意があり、米国よりも有利」である旨明らかにした。】

わかるわー、ロシアはフィクサーなのだ。

日本赤軍のクアラルンプール事件のスピン対象はこんな。

1975年7月24日「東海再処理施設ウラン試験開始へ」
1975年8月4日【日本赤軍】クアラルンプール事件
1975年8月7日「科技庁、異議申し立てを棄却、動燃の東海再処理施設問題、海中放出管工事は万全」
1975年8月14日「米原産、Puリサイクル決定延期で提言」
1975年8月21日「仏政府はこのほど沸騰水型原子炉(BWR)の開発を断念」


昭和50年(1975年)7月24日「東海再処理施設ウラン試験開始へ」
「湿式ピューレックス法、処理能力0.7トン/日」
湿式なので、もちろん発電に使った使用済み燃料ではないですな。低燃焼率で燃やした使用済み燃料。 核武装が完成したときなんでしょーな。


昭和50年(1975年)8月7日「科技庁、異議申し立てを棄却、動燃の東海再処理施設問題、海中放出管工事は万全」

強引ですなー、たくさん殺しちゃったでしょーな。

低燃焼率で燃やした使用済み燃料はPu239が最大になってるはずなので、実は危険ではない。 ピューレックス法で発電に使った使用済み燃料の再処理は危険過ぎてできない。 無謀な土人にも不可能。

何が危険だったのかと言えば、垂れ流す汚染水でしょうな。トリチウムやストロンチウム90など。 ハクブンの長男のような被害者が沢山いるはず。


昭和50年(1975年)8月14日「米原産、Puリサイクル決定延期で提言」
「NRCはさる5月、プルトニウムの安全保証問題が解決されない限り、 ウランープルトニウム混合酸化物燃料の使用に関する 総括的な環境影響声明書(GESMO)は採用しないとの暫定方針を発表した。 これは、軽水炉の燃料としてプルトニウムをリサイクル使用することが 延期されることを意味するもので、」

MOX燃料を禁止するNRC。NRCは正しかった。案の定3号機はキノコ雲になった。


昭和50年(1975年)8月14日「放射性廃棄物処理処分に関する各国の現状」


昭和50年(1975年)8月21日「仏政府はこのほど沸騰水型原子炉(BWR)の開発を断念」

投稿されたコメント:

コメント
コメントは無効になっています。