弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

ポダムが初代原子力委員長 update5


米公文書でCIAエージェントでコードネーム「ポダム」であることが判明してる。正力松太郎の初代原子力委員長の昭和32年の思い出。

CIAは原爆を投下した国に原発を建てるなんてのは過去のプロパガンダテクニックを駆使しなければ不可能だと判断した。だからポダムに初代原子力委員長をやらせ、その後読売テレビに着手した。これ


昭和33年(1958年)2月15日
ディスニーのアニメ映画「我が友原子力」を日本テレビが年頭放送(昭和33年/1958年)したものを読売ホールで湯川博士を招いて上映。

ポダムは国務大臣で初代原子力委員長で読売グループも支配。ディズニーも動かせた。無防備な土人なんてイチコロだったでしょうな。


ポダムは国務大臣で初代原子力委員長で読売グループも支配。ディズニーも動かせた。無防備な土人なんてイチコロだったでしょうな。

湯川博士ってほんとうに実力あったのかすら。理研の小保方氏みたいな存在だったり。有楽町の読売ホールてビックカメラのとこか。


当時の編集者のささやかな抵抗。


昭和33年3月4日(火)よみうりホールでディズニーの後の湯川博士の公演「原子力の将来=核分裂と核融合」 湯川博士は核融合派だった。最初から原発推進と核融合はペアだったのだ。


昭和33年(1958年)3月15日

「一方古河系、川崎系、神戸製鋼系15社で組織している第一原子力産業グループでは、 富士電機が中心となって、英国のGECグループと提携する話し合いを進めていたが、 このほど両社の意見が一致した。 これは原電のコールダーホール改良型発電炉輸入現実化から急速に進展したものだが、 先月17日GEC側から来日、28日まで関東、関西の主な工場を視察し、 輸入炉の半分は国産品でまかなえるとの見通しによったものである。」

英GECは米のGEとは別の会社で今のBAEシステムズのこと。

ディズニー上映会の翌月に三菱原子力が発足。三井原子力(東芝)と第一原子力産業の3つのグループがあったのか。古河系+川崎系+神戸製鋼系の第一原子力産業グループってどうなったんだろ。

日本のムラは何の背景も歴史もなく、CIA主導で突然降って湧いたようにできてますな。そしてカネの匂いを嗅ぎつけた財閥がそれに便乗していく。


なんと。昭和33年わが国に唯一の原子力科を正科としてる岐阜県立岐阜工業高校があったのだとか。昭和30年夏那須武雄校長の発案で原子力技術者教育を開始とな。ぶへー。

どうりで。同調圧力がバシバシ来る理由がわかったよーな。


第二次岸内閣でポダムを更迭。三木武雄が原子力委員長に就任。ミッション・コンプリートですな。なぜならあべしの祖父でもある岸信介もCIAのエージェントだった。ポダムは国家公安委員会委員長まで兼務。なんという権力の集中。


湯川秀樹博士は昭和32年に神経性胃腸障害を悪化させて原子力委員を辞任してる。


アルゴンヌ国立研究所のミッチ・ファーマーが1号機の水蒸気爆発を予測できたのは、EBWR(実験用BWR)を開始したのがアルゴンヌだかーら。



アルゴンヌ国立研究所がタブーなのは「核兵器開発の拠点の1つだった」からだな。アルゴンヌのEBWR(沸騰水型実験炉)がMarkⅠ型になった。ほぼ種明かし。

アルゴンヌ国立研究所のミッチ・ファーマー(Farmer, Mitchell T. [farmer@anl.gov])は水蒸気爆発も予測したし、象の鼻のミキサー車も提案した。ヒーローじゃないか。すげー。と思ってたんだけど要するにEBWRで経験済みだった訳ですな。 ミッチは4号機の南側の側壁の成形爆破の提案もしてる。


暴走実験なんて言葉が既に矛盾してるw ウインズケールみたいな実験なんだろーな。

BWRなんて米に27基も建ってる。BWRの過酷事故対応手順もNRCはSOARCAで散々やった。それなのになぜアルゴンヌに頼る必要があったかですな。やってたのが発電ではなかったからでしょう。

同じことをブラウンズフェリーでも浜岡でも1Fでもやった。


昭和32年12月16日米国フォーラム大会に出席した5氏を招いて報告座談会。 当時、土人はまだプルトニウムの作り方を見せて貰えなかった。


「プルトニウムはまだ秘密」生成(ファブリケーション)に興味を持っていたのは
日立(島)と川崎重工(二瓶/樋口)と石川島重工(中村)。


なぜアルゴンヌのEBWRなのか?
その答えがこれ→アルゴンヌ国立研究所を視察した報告座談会。
島(日立)「一番力をいれてるのはEBWR、これに集中している。」
中村(石川島重工)「プルトニウムはよくやっていたね。想像したより簡単にやっています。」


報告座談会の全文。


「何らかの特殊な実験が行われていたことは、筆者が直接公社の技術者に尋ねた時もこれを否定しなかった。」 マンチェスター・ガーディアン紙「リチウム・マグネシウム燃料のサヤはやはり重水素から三重水素製造の為のものに間違いない」←なんと!ウィンズケールはTPBARの実験してたってか。

ポダムが旗を振って土人は米と英を視察旅行する。土人は米が英か決めかねていた。抜群のタイミングで1957年10月10日に英ウィンズケール事故が起きる訳ですな。まるでポダムの後ろの機関がやったかのように。特殊実験デマも流れた。

英ウィンズケールの実験は米TVAのセコイア、ベラフォンテ、ワッツバーにつながってる。ムラは狭い。同じテーマばかりやってる。


「ウィンズケール」の経験の全文。


純粋な二酸化プルトニウム(PuO2)とウランとジルコニウム管から燃料を製造(Fabrication)

FABRICATION COSTS FOR PLUTONIUM FUEL ELEMENTS. PART B . VARIABLE COSTS OF FABRICATING UO2-PuO2 FUEL RODS FOR THE EXPERIMENTAL BOILING WATER REACTOR Publication Date:1965-09-01

EBWR(Experimental Boiling Water Reactor)

EBWRでのプルトニウムファブリケーションというのはプルトニウムを再利用したMOX燃料の製造のことだな。あのアルゴンヌ国立研究所のEBWRの暴走実験はMOXの開発実験だったのか。なんだー。

新たに作るのと、既にあるものを核燃料として燃やすのでは大違い。

Legacy of ashes: the history of the CIA / by Tim Weiner. — 1st ed.

118ページ。岸信介がビルハッチンソンを歌舞伎座に正体したことで政治的に自分の正体を明かした。

ハゲイWiki
「1954年(昭和29年)- 3月、当時、日本学術会議を飛び越して、日本で初めて超党派の政治家らと「原子力予算」を国会に提出し成立させる。正力松太郎にこの頃近づき、正力派結成の参謀格として走り回る。二人で政界における日本の原子力政策推進の両軸となる。」


原発ムラができる前にCIAとヤクザ(児玉誉士夫)とあべしの祖父(岸信介)はつるんでいた。それから60年経ったけど何も変わらない。


CIAは児玉誉士夫にまんまと騙されてしまい、ターゲットを岸信介に変えたのか。 「彼はプロのうそつき、ギャング、ペテン師、そしてあからさまな泥棒です」

児玉誉士夫てそんなにすごいのか。


岸信介が巣鴨プリズンを出所して占領軍下の佐藤栄作官房長官の家にいき囚人服の代わりにスーツを貰った記述。 その写真がWikiに残ってる。

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