弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

1号機は操作ミスで水蒸気爆発 update5

2016年2月19日 夕刊 ベントの白煙くっきり 写真家・石川梵さん空撮、爆発1時間前の福島第一原発

東京電力福島第一原発事故で、東電は事故発生翌日の二〇一一年三月十二日、1号機の原子炉が破裂しないようベント(排気)を実施した。その様子を写真家の石川梵(ぼん)さんが撮影していた。本紙に提供された写真を見ると、排気筒から北側に向かって白煙がたなびいている。

 1号機は地震や津波に襲われた十一日夕の段階で炉心溶融が起きたとされ、炉内の圧力が設計を大きく超える状態になった。

 東電は十二日午前にベントを試みたが、弁が少ししか開かず失敗。午後二時半ごろに再び試みた。

 ベントが成功したかどうかはこれまで敷地南側にあった展望台からのライブカメラの不鮮明な映像や、格納容器の圧力低下で確認できたとされてきたが、ここまで鮮明な写真で確認できたのは初めて。

 石川さんは当時、津波で壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市を小型機で撮影した帰りだった。

 本紙の取材に「撮影したのは午後二時四十分ごろ。気仙沼に向かう時は福島第一原発の様子がおかしいとは思わず、敷地内が津波でやられているとも思わなかった。帰りに排気筒から煙が出ているのを見て、とんでもないことが起きているのではと思い、シャッターを切った」と話した。

 1号機の原子炉建屋は、その一時間後の同三時三十六分、建屋上部にたまったガスにより水素爆発を起こした。

この写真がベントの成功を証明してしまう。そして次の操作ミスで水蒸気爆発が起きたことも。


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1号機が水蒸気爆発、しかもジーゼル発電機の燃料が切れたからとか。

March 12th, 2011 – They may have done exactly what Mitch said – flooded the cavity and then they got a steam explosion

「彼らはミッチの言ったとおりにやってしまった。炉心を水で満たした。そして水蒸気爆発が起きた。」

Pages From ML11230A043 - March 12th, 2011 - They May Have Done Exactly What Mitch Said - Flooded the Cavity...

Date: Saturday, March 12, 2011 6:55:30 AMは日本時間2011年3月12日19:55:30ってこと。
1号機の爆発は日本時間2011年3月12日15時36分だった。

1号機は操作ミスで水蒸気爆発したのか。

Farmer, Mitchell T. [farmer@anl.gov]
この人は4号機プールへの給水に象の鼻のミキサー車を提案した人

元原子力安全委員長に福島第1原発事故対応の問題点を聞きました。

元原子力安全委員長に福島第1原発事故対応の問題点を聞きました。 03/08 18:47

震災5年、あの日から今へ。8日は、福島第1原発事故の発生当時、原子力安全委員会のトップとして、首相の緊急視察にも同行した人物に、事故対応の問題点を聞きました。その証言からは、現在にも通じる原子力行政の課題が見えてきています。

FNNの単独インタビューに応じたのは、原子力安全委員会の班目春樹元委員長。 当時の菅首相らに助言をする立場だった、原発事故対応のキーマン。 班目氏は、「(今、一番、強く感じられる感情、どういう思い?)相変わらず10万人近くの人が、避難を続けているわけですよね。そういう人たちに対する申し訳なさで、いっぱい」と語った。
東日本大震災は、原発を取り巻く、「つくられた安全神話」をのみ込んだ。 その後、首相官邸の原子力災害対策本部に招集されたのが、原子力安全委員会のトップを務めていた班目氏。
震災の翌朝には、菅首相の原発視察に同行した。
班目氏は、「菅さんがする質問に答えられるのは、わたししかいないということで。政治家の方たちは、わたしを、『何でも相談室』扱いされる感じなんですね」と語った。 その中で、事故対応に大きな影響を与える重要な問いかけとなったのが、「水素爆発はあるのか?」との質問。
班目氏は、「格納容器の中は、窒素置換になっていて、酸素がないから、水素がいくら出てきても、爆発はしませんということを申し上げたんですね」と語った。
しかし、その数時間後、1号機の建屋が、水素爆発を起こした。
班目氏は、「『わあ、しまった!』と思った。これは強く記憶してます。建屋まで(水素が)出てきてしまえば、普通の空気ですので、爆発の可能性がある。菅総理に説明する時に、そのことまで言わなかったことは、大失敗だったとは思うんですが、わたし自身は、間違ったことは言っていないと思っているんです」と語った。
そして、班目氏は「(『班目委員長は、水素爆発はないと言ったじゃないか。しかし爆発が起きたじゃないか。この辺りから、菅首相と、あるいは首相官邸と班目氏との信頼感が揺らぐというような空気になったのか)なんとなく、あの爆発の映像を見せられてから、菅総理からは、信用されなくなったなというのは、ひしひしと感じました」と語った。
重要な局面で、専門家としての役割を十分に果たせなかった班目氏の失態。
それは、結果として、のちに「暴走」とも指摘された、菅首相ら官邸主導の原発対応を招く一因となる。
班目氏は、「あんな人を総理にしたから罰が当たったのではないかと、運命論を考えるようになっている」と語った。
「運命論」と、どこか、人ごとのように5年前を振り返る班目氏。
班目氏は、「(唯一の専門家として、もうちょっとできなかったか。この点はどうか?)ですから、あの時、ずっと、わたし1人なんですよ。少なくとも図面ぐらいは、保安院が持っているでしょと。持って来てよとか、いろんな要求はしてるんですけど、それに対して、答えがないというか。持ってきてくれない」と語った。
班目氏が、自らの対応が不十分となった原因として挙げたのが、原子力安全・保安院。 当時、原発の安全規制に関わる組織としては、原発を推進する立場である、経済産業省の官僚を中心とした原子力安全・保安院と、内閣府の審議会の1つで、専門家集団としての原子力安全委員会の2つがあった。
班目氏は、「原子力安全・保安院の人というのは、審査とか検査についてくわしくても、原子力が溶けてしまったその後に、どうしたらいいかは、習っていないんですよね。お役人の世界は、決められたことだけをやっていればいい。そういう風潮は、結構、強いと思います」と語った。
一方で、保安院側は、政府事故調のヒアリングの中で、班目氏について、「少し楽観的な意見であった。海水注入が開始されたとの報告が入り、班目委員長が『バンザイ、助かった』と興奮し、妙にハイテンションになっていた印象がある」と証言している。 ぎりぎりの状況にありながら、互いに不信感を抱いたまま、十分機能しなかった2つの組織。
あれから5年。
原子力安全委員会は、経産省のもとから切り離された原子力安全・保安院と再編され、原子力規制委員会、原子力規制庁の2つの組織に衣替えしたが、5年前の教訓は、生かされているのか。
班目氏は、「(現在のチェック体制。班目氏はどう見ている?)保安院と安全委員会の関係が、今どうなったかというと、規制庁と規制委員会の関係になっているのではという気もします。(独立性を高めた原子力規制委員会の判断に基づいて、再稼働も相次いでいるという状況だが、とすれば、その点も、やや心配ということ?)安心しきった途端に、とんでもないことになりますから、そういう意味でいくと、まだまだ、しなければいけないことが、たくさんある」と語った。

【「水素爆発はあるのか?」との質問。
班目氏は、「格納容器の中は、窒素置換になっていて、酸素がないから、水素がいくら出てきても、爆発はしませんということを申し上げたんですね」と語った。 しかし、その数時間後、1号機の建屋が、水素爆発を起こした。】
窒素置換かぁ。

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