弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

川崎病は発見者である川崎富作にちなむものであり川崎市とは無関係 update21

http://www.47news.jp/feature/medical/2013/09/post-955.html
2013.09.24の記事

主に乳幼児がかかる原因不明の病気「川崎病」の4歳以下の罹患率(人口10万人当たりの患者発生率)が2012年に264・8人となり、1970年の全国調査開始以来最高となった。日本川崎病研究センター(東京)がまとめた。

 新たな患者は1万3917人で、58%が男児。患者の発生は1月に多かったという。

 川崎病は全身の血管に炎症が起こり、発熱や結膜の充血などの症状が現れる。後遺症として心臓の冠動脈にこぶが残り、心筋梗塞などを引き起こすことがある。原因不明だが、感染症との関連が疑われている。最近では1986年に全国規模の流行があり、いったん減少したが、90年代半ばから再び増加傾向にある。

「最近では1986年に全国規模の流行があり、いったん減少したが、90年代半ばから再び増加傾向にある。」

1986年にも大気中核実験はやっていたけど。→核実験の一覧大気中核実験


縦軸が対数であることに注意。

核実験のピークは1964年頃で、川崎病の発表は1967年。
1986年4月26日チェルノブイリ事故。川崎病が1986年に全国規模に流行。
そして311「東京の放射能汚染はチェルノブイリ時の1000倍だった。」
そりゃー罹患率が過去最高になるでしょうな。

川崎病(Wiki) 「1961年に日本赤十字社の小児科医・川崎富作が患者を発見し、1967年に報告し名づけられた。病名は、発見者である川崎富作にちなむものであり、川崎市や川崎公害、川崎医科大学とは無関係である。」

これ

川崎市内に有った原子炉はいつ頃廃炉になったのですか? 浮島(東芝) 王禅寺...
質問者 kayokohatano2125さん
2011/5/1519:17:07

川崎市内に有った原子炉はいつ頃廃炉になったのですか?

浮島(東芝)
王禅寺(日立製作所)
王禅寺(武蔵工業大学)

計3基

ベストアンサーに選ばれた回答
pepe_prismさん
2011/5/1817:34:23

川崎にある(あった)原子炉は3つではなくて以下の5つです。
○ ㈱東芝原子力技術研究所 非均質型臨界実験装置 既存
○ ㈱東芝研究炉管理センター 非均質型原子炉 廃止措置中
○ 東京都市大学原子力研究所 (旧 武蔵工業大学) 固体均質型原子炉 廃止措置中
○ 日立エンジニアリング(株)王禅寺事業所 非均質型原子炉 廃止措置中
○ (株)日立製作所 電力・電機開発研究所 王禅寺分室 非均質型臨界実験装置 廃止(解体済)

(平成21年度(2009年度) 川崎市における環境放射能調査報告書より http://www.city.kawasaki.jp/30/30koken/home/data/pdf_isotope/housya...)

浮島にあるのは、東芝原子力技術研究所の臨界実験装置で、まだ廃止にはなっていないと思います。

川崎市:環境放射能調査報告書
これ

うは。なにそれ。川崎市王禅寺に日立x2と武蔵工大x1、川崎市浮島に東芝x2で計5基。ありえねー。

たぶんどっち側も治安はわるいはず。

私が生まれる前の公式です。東京都民と川崎市民は核災害実験台でもある

調査の目的と経緯
http://www.city.kawasaki.jp/30/30taiki/home/housyanou/report98/chap1.htm

川崎市内原子炉施設周辺の環境放射能汚染の監視,核爆発実験などに伴う広域的な環境放射能汚 染を監視することにより,放射能災害から市民の健康と安全を守ることを本調査の目的とする。

 本市における原子炉施設設置の経緯は,昭和34年に武蔵工業大学原子力研究所(麻生区王禅寺)の 研究用原子炉の設置が市内ではじめて許可された。翌昭和35年には㈱東京原子力産業研究所 (現・日立エンジニアリング㈱王禅寺事業所,麻生区王禅寺)及び㈱東芝総合研究所(現・㈱東芝  研究炉管理センター,川崎区浮島),昭和36年には㈱日立製作所中央研究所・王禅寺分室 (現・㈱日立製作所 電力・電機開発研究所

 王禅寺分室,麻生区王禅寺),さらに昭和37年に は日本原子力事業㈱NAIG総合研究所(現・㈱東芝 原子力技術研究所,川崎区浮島)の各々の 研究用原子炉設置が許可され,逐次稼動に入った。

 このように短期間に,5基の研究用原子炉が設置されたことに伴い,市民から放射能監視の強い 要望が出されることとなり,昭和35年12月市議会で放射能調査関係の予算が計上され,昭和3 6年7月から川崎市立衛生試験所(現・川崎市衛生研究所)において原子炉施設周辺の放射能調査 を開始した。そして,この調査業務は,昭和49年から川崎市公害研究所に移管されて現在に至っ ている。

 5基の研究用原子炉のうち昭和48年には㈱日立製作所中央研究所・王禅寺分室,昭和50年に は㈱東京原子力産業研究所の原子炉が解体等により運転停止され,現在2基が稼動中,1基が運転 休止中である。表1に原子炉施設一覧を,図1にその設置地点を示す。

 調査の内容は,平成3年の「川崎市地域防災計画-都市災害対策編」に放射能災害の防止計画が 追加策定されたことにより,逐次充実され,施設排水,河川水,土壌(河底土,海底土,陸土)の 放射能濃度,空間放射線量の測定など原子炉施設周辺の環境放射能(線)調査,浮遊じん,雨水放 射能濃度の測定など核爆発実験等による広域的な環境放射能調査を行ってきている。

川崎市には1961年頃5基の実験炉があり挟み撃ちになっていた。全部で5基もあったのかよ。
1961年 日本赤十字社の小児科医・川崎富作が「川崎病」患者を発見した。

  • 五島育英会研究炉 (MITRR) 東京都市大学(旧武蔵工業大学)、20%濃縮ウラン水素化ジルコニウム炉(TRIGA-II型)100kW、神奈川県川崎市王禅寺、1961年12月臨界 - 廃炉。
    東京都市大学原子力研究所 (旧 武蔵工業大学) 固体均質型原子炉 廃止措置中

  • 日立研究炉 (HTR) 10%濃縮ウラン軽水炉(プール付タンク型)100kW、神奈川県川崎市王禅寺(東京原子力産業研究所(TAIC研)株式会社内)、建設費は約1.4億円。1961年12月25日臨界。1962年8月に日立製作所から東京原子力産業研究所に譲り渡された。休止 - 炉心解体。 旧㈱東京原子力産業研究所 == 日立エンジニアリング(株)王禅寺事業所 非均質型原子炉 廃止措置中
    これ。 HTRは、1962年に運転開始し約15年の運転の後、1975年に運転を停止して翌年4月までに主要施設を解体し、使用済燃料および解体廃棄物(ドラム缶封入)を保管してきました。
    昭和50年(1975年)には㈱東京原子力産業研究所の原子炉が解体等により運転停止

  • 旧㈱日立製作所中央研究所・王禅寺分室 == (株)日立製作所 電力・電機開発研究所 王禅寺分室 非均質型臨界実験装置 廃止(解体済)
    昭和36年(1961年)9月29日設置許可、運転開始日不明、昭和48年(1973年)に運転停止。

  • 東芝研究炉 (TTR-1) 20%濃縮ウラン軽水炉(プール型)30kW(最大100kW)、神奈川県川崎市末広町(日本原子力事業総合研究所(NAIG研)内)、総工費は約1.5億円。1962年3月13日臨界 - 運転中。
    昭和37年(1962年)7月24日設置許可(臨界後に設置許可w)
    平成24年度(第2回)保安検査報告書 東芝教育訓練用原子炉(TTR-1)は、平成13年(2001年)3月末に原子炉の運転を終了し、平 成13年8月8日に原子炉等規制法第38条第1項に基づく原子炉の解体の届出を行った 。その後、平成13年9月末より解体工事を開始し、平成15年5月~12月にかけて原 子炉内の使用済燃料の搬出を行った。

  • ㈱東芝研究炉管理センター 非均質型原子炉 廃止措置中
    昭和35年(1960年)5月13日設置許可、運転開始日不明


「平成18年度(2006年度)川崎市における環境放射能調査報告書」 ここ
おいおい。昭和48年(1973年)にいちばん早く店じまいした日立のが1基足りないぞw

しかしまぁ平成になるまでずっと燃やしてたわけですな。それより昭和48年(1973年)に早々と店じまいした旧㈱日立製作所中央研究所・王禅寺分室 == (株)日立製作所 電力・電機開発研究所 王禅寺分室の実験炉で何が起きたんかなー?


これ
日立臨界実験装置(OCF) 1962.10~1968.9
日立教育訓練用原子炉(HTR) 1961.12~1975.2


原子力産業新聞 昭和49年(1974年)10月24日
新聞では昭和49年いっぱいで引退となってますな。どうして微妙にズレるのでしょうね?何か訴訟をかわすため?w

「昭和43年8月、東大医師団によるわが国初の脳腫瘍原子炉照射治療がこの炉を使って行われたことは、まだ記憶に新しい。」
うは。マッド・サイエンス用途の原子炉だったのか。まさに人体実験。事故よりタチが悪いかも。

「かつて”過疎地”だったサイト付近では宅地造成が最近急ピッチで進められており、こうした状況変化のシワよせもあって環境保全へ、事前措置をとったのではないか、とも見られている。」

昭和49年にムラが初めて環境保全を意識したことに注目。


昭和43年8月の記事を見つけた。

「HTRの使用目的変更は、東大医学部脳神経外科の佐野、畠中両博士が、脳腫瘍患者に対してホウ素中性子捕捉療法を試み、脳の”がん”退治を行うため、一時的に措置されたもの。」

ありえねー、中性子は水素原子にぶつかって核崩壊するまで組織を傷つけながら直進する。 病気の場所の前後の健康な組織まで破壊してしまうではないか。

中性子爆弾の人体への殺傷力でも検証したかったのか。意図的に100万都市のすぐ側で放射能をバラ撒いてたのだから、まぁ辻褄は合いますな。

遅い中性子ほど殺傷能力は高い


川崎市王禅寺のHTRで3回めの脳腫瘍「治療」。過去2回の患者は肺炎、心不全で照射後数週間で死亡。中性子線での人体組織の破壊力を知りたかったのか。患者は日本人、米国人、カナダ人。王禅寺は昭和のアウシュビッツだな。


1977年(昭和52年)3月3日、王禅寺ではHTRだけでなく武蔵工大炉も人体への中性子照射を開始。あぁHTRパルス炉が廃炉になったからか。ぐは。


HTRをパルス炉に改造してる。脳腫瘍の治療で川崎市全体が被曝するような大事故は起きそうもない。 事故が起きたのは「(1)燃料要素の損傷の研究と(2)炉停止機構の研究、出力暴走の抑制」の研究実験が失敗したからでしょう。

昭和48年当時川崎市の人口はちょうど100万人を超えた時。それを実験対象に意図的に山側の王禅寺と海の浮島に原子炉を設置したとしか思えない。HTRをパルス型に改造して100万都市の前で「(1)燃料要素の損傷と(2)炉停止機構の出力暴走の抑制」の実験をやったのは狂気でしかない。

昭和49年までは環境保全など考えなくてよかったのに、HTRを引退させて「環境保全」考えなければならなくなった理由ですな。 これが昭和36年(1961年)から昭和49年(1974年)までのあいだ川崎の子供たちに被曝症状が出てた原因。

昭和49年の川崎市の住民だった人が

妹が
入院して
やっと
退院できた年だ。
小さいのに
可哀想だった。
という証言をしてる。オレ的にはいろいろ辻褄があってしまった。

しかし川崎病は、発見者である川崎富作にちなむものであり、川崎市や川崎公害、川崎医科大学とは無関係w

チェルノブイリの被曝症状として男の子はぜんそくになりやすいことが判ってる。「川崎ぜんそく」ですな。

しかし川崎病は、発見者である川崎富作にちなむものであり、川崎市や川崎公害、川崎医科大学とは無関係ww

「光化学スモッグ」警報は住民を外に出さないための苦肉策?
当時どこの自治体よりも学校の設備が充実していたのは三法のカネだったのか?
団地住まいなのに外で遊ぶかわりに当時高価なおもちゃを買ってもらって室内で遊んでいた子供が多かった。
皮膚がむける奇病
慢性結膜炎
視力低下、クラスメートが皆メガネとか。
巻爪
夏休みに田舎に帰省すると症状が消える。
脱毛、つか子供のハゲ
クビから上とか、頭のてっぺんだけの皮膚病
2週間に1人の転校生と学葬
創価学会に入信する同窓生

日立と東芝の実験炉の場所は 山風や海風など風向きが変わっても住民を24時間被曝させるものだろ。 住民を使って人体実験してたのでしょうな。


「東急原子力グループ」てのがあったんだ。でも王禅寺に通う駅は東急東横線ではなく小田急線の柿生駅w


王禅寺の「東京原子力産業研究所」は日立の別名。なんでこんなことやってたんだろ。社名に傷がつくことを懸念したから?


昭和37年6月から全出力運転を開始。怖い。商用原発のようなフィルターないんだろ。生蒸気と希ガスを直接大気中に垂れ流したはず。


「プールの水は循環されており、必要量は1日90トンである。この水は約百メートルの深さの井戸を掘って汲み上げており、さらにパイプでつないで日立中研および武蔵工大原研へも供給してる。」
で、その冷却水をどこに捨ててるの?鶴見川の上流にふつうに流した?つか放射性の希ガスの生蒸気をフィルターなしで川崎市王禅寺周辺にバラ撒いただろ。実験炉て安全性をまったく考慮してないから商用原発よりずっと危険なんじゃね。



川崎市王禅寺の実験炉でできた経緯。反対運動が起きたが日立の別名「東京原子力産業研究所」と東急の別名「武蔵工大」反対派を説得。昭和35年半ばに建設に着手。柿生w

汚染された土地を認める事は自分の所有する土地の資産価値を下げることに他ならぬ訳で、ひたすら黙っておいて、知らない他人に売り抜けるという、究極のババ抜きゲームが1961年(昭和36年)から高級住宅地で行われている。

【社説】川崎市不祥事 連鎖防止へ徹底検証を

2015.02.22 10:27:00
川崎市職員や教職員による不祥事が相次いでいる。造園工事の入札情報を業者に漏らしたとして8日、官製談合防止法違反などの疑いで、建設緑政局の職員が県警に逮捕された。数日後には消防局職員が傷害容疑で、市立高校臨時任用教員が痴漢の疑いでそれぞれ逮捕された。

 いずれも行政への市民の信頼を失墜させる行為で、許されるものではない。市は厳しく対処するとともに再発防止に全力を挙げるべきだ。

 造園職として入庁した建設緑政局職員は、公園整備のプロとして「生田緑地」の園路のバリアフリー化の設計などに携わっていた。庁内の評判によれば、勤務態度は真面目で公園を良くしようという意識が強く、仕事熱心だったという。

 透明性や公正性が最も重視される入札制度の根幹を揺るがす行為の背景に何があったのか。職員はどのようなメリットを得ようとしたのか。県警の捜査とは別に、市独自による全容の解明が求められよう。入札の体制などに不備はなかったかの検証も必要となる。

 2014年度、川崎市職員や教職員らの逮捕事案は発表されているだけでも十数件を数える。市教育委員会では、児童買春や強制わいせつ容疑などで捕まった教職員が8人にも上る。子どもたちを正しい道へ導く立場の犯罪だけに救いようがない。児童・生徒への影響や、学校内での今後の指導にも支障が出ることが懸念される。これだけ頻発していれば、一握りの個人的な犯罪と片付けるだけでは済まないだろう。

 市教委は1月から緊急に指導主事らが全市立学校を訪問し、綱紀粛正を訴えるとともに、教職員に「人ごとではなく自分ごととして考える」ことを求めている。さらに各学校で自主的な研修も実施するという。市長部局でも定期的な不祥事防止の取り組みに加え、14年度は「服務チェックシート」を職員に配り、公務員としての自覚の徹底や自らの仕事ぶりの振り返りを行わせている。信頼回復に向けた取り組みは是としたいが、形だけでは意味がなく、一人一人の自覚が問われている。

 福田紀彦市長は相次ぐ不祥事について謝罪した上で、「不祥事がなくなる妙案はないが、生まない土壌をつくらないといけない」と言う。組織に不祥事を生み出す要因がないのか、今回を機に幅広い観点から徹底的に検証すべきだ。 【神奈川新聞】

「市立高校臨時任用教員」とか「造園職として入庁した建設緑政局職員」とかトカゲの尻尾切りだな。
「2014年度、川崎市職員や教職員らの逮捕事案は発表されているだけでも十数件を数える。」
たぶん浄化は無理だな。放射能汚染と同じかも。

大畠章宏て原発推進の?w

大畠章宏

大畠 章宏 武蔵工業大学 1974年院卒
「その後、日立製作所に入社。原子力発電所プラントの設計及び建設業務に従事した。1978年より2年間、労働組合専従役員として活動。」
うわ。1974年武蔵工大卒で、日立と原発w
王禅寺のHTRと武蔵工大の実験炉かよ。
仏からのメッセージw

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