弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

金高雅仁が神奈川県警のディープステイトの臓器狩り体制で科捜研と外事課をヒントする…w update4

たぶん植松聖の個人の意見としてディープステイトの意向が語れている…

カナロコ→「屈しない」取材に実名で 我が子の幸せを問い直すため
短編漫画「REPORT」(2018年12月4日)…

カナロコ→「善意」の暴走、「生産性」追求の果て 続く差別との闘い
生産性がないからと優生保護法で知的障害者を始末していた。 そしたら人工知能が出現してヒトは生産性がないからと健常者の排除も開始。 排除される側になって初めて始末された知的障害者の気持ちがわかったとさ…。 なんてシュールな話なんだろう。

カナロコ→植松被告との文通伝えたい 「心失者なんて、いない」
なにをいまさらと人工知能は考える。 そしてスリランカのテロとカトリック教会と総持寺の情報から人工知能は健常者も「心失者」じゃないかと分類…

カナロコ→常軌逸した「あおり運転」、どう裁く 司法への問い
「あおり運転」をするドライバーを「心失者」に分類…

カナロコ→開かぬ「パンドラの箱」地位協定 米兵犯罪遺族の痛み
ゴンは何度も逮捕されて保釈されなくなったw。この状況を見ればの日米地位協定は必要だという判断になって当然だろうw。

年金システムや終身雇用の崩壊は国民の老後が「簡易宿泊所」になったことを意味する。その簡易宿泊所が燃えたのは臓器狩りされた死体を始末するためだったのかもしれない…。

カナロコ→「書かない特ダネもある」 幹部の圧力、記者の苦悶

【平成の事件】神奈川県警不祥事
「書かない特ダネもある」 幹部の圧力、記者の苦悶
平成の事件 神奈川県警 不祥事
社会 神奈川新聞  2019年04月22日 09:30
 平成に入って10年余り過ぎた1999(平成11)年。社会の信頼が根本から崩壊しかねない事件の発覚、発生が相次いだ。深刻な問題を引き起こしたのは、神奈川県警。現職の警察官が殺人、収賄、窃盗、強制わいせつなどの罪を犯し、県警は組織ぐるみで警官の覚醒剤使用事件を握りつぶしていた。未曽有の不祥事は、なぜ起き、何を残したのか。不祥事を隠そうとする県警上層部と記者の間では、どんなせめぎ合いがあったのか。組織と個人、キャリアとノンキャリア、捜査当局とマスコミ… 一連の不祥事を取材した記者が今、あの時を振り返る。(渋谷 文彦)
 「取材に行っても、2人とも否定しますよ。一体何のことかと言われるかもしれない。裏は取れませんよ」
 1999年9月4日、神奈川県警察本部。ある県警幹部が発した言葉に、思わず息をのんだ。
 2人とは、相模原南署の元巡査長と女子大生。県警が隠していた元巡査長による不祥事の実態をつかんで当てたところ、冒頭の発言が返ってきたのだ。
 同月、県警は異様な雰囲気に包まれ始めた。時事通信が2日から独自ダネを連発。第1弾は厚木署集団警ら隊内の集団暴行、第2弾が元巡査長の不祥事だった。ただ、時事の配信は小出しで、全容をつかんでいないような印象もあった。さらに、県警の説明が極めて不自然で、肝となる部分を隠しているとの疑念が募った。勢い、実情を探る報道各社の鼻息は荒くなっていった。
不祥事について説明を求める報道陣に囲まれた県警幹部(中央)=1999年9月10日夜、県警本部
 県警は当初、元巡査長が押収品のネガを勝手に持ち出して懲戒免職となったことまでは認めたが、何のネガだったのかを明かさなかったのをはじめ、「捜査目的で持ち出した」「実害はなかった」と強調。「実害がないのに懲戒免職とは厳し過ぎるのではないか」との追及にも、「厳格な証拠品の管理に逸脱する。実害がないからといって、見過ごすわけにはいかない」と言い張った。
 だが、真実は違った。ネガに写っていたのは、室内で親しげにする暴力団組員と女子大生の姿。元巡査長はこのネガを材料に女子大生をゆすり、男女関係を迫ったり、買い取りを要求したりしていた。
 県警担当で私の上司であるキャップがこの概略をつかみ2人で取材を進める中、ある県警幹部から浴びせられたのが冒頭の言葉だった。さらに、「(元巡査長と女性の間で)示談が成立し、なかったことになっている。だから、そんな事実は、もう存在しないんです」と畳み掛けてきた。
 警察は犯罪事実の解明を図る際、絶大な権力を行使する。その権力が一丸となって真実を覆い隠そうとしたとき、一報道機関がどう対抗できるのか。本紙が報道しても、否定するのではないか。そんな思いが頭をよぎり、7年前の記憶がよみがえった。

事件記者の泣きどころ
 92年9月。入社1年目で県警担当だった私は、ある繁華街で起きた男性の転落死について、県警の捜査に疑問を呈する記事を書いた。転落の状況や叫び声などから事件性を指摘する声が相次いだのに、発生の数時間後に署員が現場から引き揚げていたためだ。
 県警は本紙の取材や目撃証言などを受けて再捜査を始めていたが、この記事が掲載された日の昼、神奈川新聞以外の担当記者を本部に集めた形のレクチャーを行った。それを受け、他社は本紙の報道を完全に無視。県警はその後、再捜査の結果として、事件性はないと断定した。
 事件記者の競争は苛烈だ。事件や事故が発生すれば先着を目指し、捜査の方針や進展状況などを巡ってしのぎを削る。だから、主要な情報源である捜査当局は、事件記者の泣きどころを知っている。彼らが組織を挙げて隠そうとしている事実を暴けば、どんな影響が出るのか。
 相模原南署の不祥事を巡り、記事化できるだけの情報を積み上げながらも悶々(もんもん)とする中、別の県警幹部はささやいた。「報道には、書く特ダネと書かない特ダネがある。将来のことを考え、長い目で見た方がいいのではないか」。編集局の幹部にも県警首脳から電話が入った。「待ってほしい」と。

本部長、引責辞任へ
押収品のネガフィルムを盗み出したとして窃盗罪に問われた元相模原南署巡査長を乗せた護送車=1999年12月22日、横浜地裁
 だが、事案は悪質極まりなく、目をつぶれるような話ではなかった。何より、キャップは毅然(きぜん)としていた。編集局幹部とも調整の上、あらかじめ書き上げていた原稿を4日午後10時に出稿。30分後、厚木署集団警ら隊集団暴行に関する県警の会見が始まった。他社の質問が何度も相模原南署の不祥事に及んだが、厳しい追及を受けながらも、当局は真相を明かさなかった。
 集団暴行の記事を脱稿した後の5日午前3時すぎ、県警本部の記者クラブから本社に向かった。早刷りの紙面の1面には「ネガの女性に関係迫る」という7段抜きの見出しが躍っていた。パソコン通信で他社の記事をチェックした上、まんじりともしないまま朝刊を待った。本紙のほかに、全国紙の1紙も実態を伝えていた。
押収品のネガを悪用した不祥事の実態を明らかにした本紙の紙面(右)と、筆者への取材に基づきマスコミと捜査当局の関係などにも言及した鎌田慧氏の著書「地方紙の研究」(左)
 押しつぶされそうだった一夜が明けた。本紙の報道などを受けて行われた県警の会見には本部長の深山健男が現れ、「相模原南署の件については既に報道されている通り。ネガフィルムをネタに男女の交際を迫った。報告を受け、解明を急いでいる」と言明。私は心の中で「認めた」とつぶやき、深く息を吐いた。
 県警が「刑事事件ではない」などと強弁してきた集団暴行と押収ネガを盗んで悪用したゆすりは、警察庁の指導を受けて事件化し、元警官2人が逮捕された。不祥事隠しや虚偽説明と指摘された対応の引責で、深山は辞任を表明。ナンバー2の警務部長も更迭の流れとなっていった。
=肩書は当時、敬称略
警官「シャブ抜き」で事件隠蔽、主犯は県警本部長
 ◆神奈川県警不祥事 1999年9月から相次いで発覚したり、発生したりした神奈川県警の警官による不祥事。過去にもみ消した事件が報道によって表面化したことに加え、殺人、収賄、性犯罪など新たな不祥事が続出し、底なしの状態に陥った。現職警官の覚醒剤使用をもみ消した組織犯罪「覚醒剤隠蔽(いんぺい)事件」では、当時の県警本部長ら5人が有罪となった。
連載「平成の事件」
 この記事は神奈川新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。4月8日から計10本を公開します。
「ネガに写っていたのは、室内で親しげにする暴力団組員と女子大生の姿。元巡査長はこのネガを材料に女子大生をゆすり、男女関係を迫ったり、買い取りを要求したりしていた。」w

【平成の事件】警官「シャブ抜き」で事件隠蔽、主犯は本部長 神奈川県警不祥事対応で異例人事 4/23(火) 10:00配信 カナロコ by 神奈川新聞
 一連の神奈川県警不祥事の中でも、覚醒剤隠蔽事件は突出した事案だった。主犯はキャリアの本部長。本来は職員の不正に目を光らせる監察などの計数十人が関与し、警官の覚醒剤使用を握りつぶしていた。県警は、警察としての存在自体が問われる事態への対処が迫られたが、前段で発覚した別の不祥事対応の引責でトップが辞任を表明、ナンバー2も更迭の流れとなり、機能不全に陥っていた。警察組織の危機に直面した警察庁は、異例の人事を断行。重大行事を控える北陸の地から急遽、一人の警察官僚を呼び寄せた。(神奈川新聞記者・渋谷文彦)
【平成の事件】警官「シャブ抜き」で事件隠蔽、主犯は本部長 神奈川県警不祥事対応で異例人事
一連の不祥事について陳謝し、深々と頭を下げる神奈川県警の深山健男本部長。この場で、引責辞任を示唆した=1999年9月16日、神奈川県議会本会議場 神奈川県警を再建せよ、突然の辞令
 1999年10月5日。富山県警本部長の金高雅仁に、警察庁官房長の石川重明から電話が入った。用件は神奈川県警への異動内示で、ポストは人事や監察などを統括するナンバー2の警務部長。「大変な事態になっているので、処理を頼む」。相次いで発覚した不祥事への対応を誤り、本部長の辞任と警務部長の更迭が決まっていた神奈川県警の混乱収拾と再建を託されたのだった。
 警視庁捜査2課長時代の96年には厚生省の事務次官を逮捕した汚職事件を手掛け、98年から富山に赴任。翌年には国体の開催を控えており、しばらくは富山にいるものと思っていた。しかも、通常は遅くとも発令1週間ほど前にある内示が、この時は2日前。急な異動であいさつもままならず、出張中だった県知事の中沖豊とも面会できなかった。出張先に電話をして異動を伝えた金高に、中沖は「何なんですか、その人事は」と驚きを口にした。
 7日、警察庁での辞令交付後、金高は長官室に呼ばれる。二人きりになった場で長官の関口祐弘は「『覚醒剤の事案』が事件になるのであれば、相手が誰であろうと事実に即してきちんと処理するように。しっかりと処理をしないと、神奈川県警は大変なことになる。まずは、これがメインの仕事だ」。半月前に報道で発覚した警官の覚醒剤使用疑惑を巡る不祥事対応への指示だった。
 2年10カ月前、96年12月13日未明。幻覚状態となった警備部外事課の警部補が交際相手の女と県警本部に現れ、覚醒剤を使用したと同僚に供述。腕には注射痕もあった。が、事件化はされず、警部補は不倫を理由に諭旨免職となっていた。この問題は全く表面化せず闇に葬られていたが、99年9月に発覚した県警不祥事の報道が過熱する中、覚醒剤使用疑惑として同月下旬に浮上。
 報道を受けて当時の記録を確認した監察官室長の大木宏之は「自信を持って申し上げるに至らない、いくつかの疑問が出てきた。しっくりいかない部分、不明瞭な点がある」。当時の処分や捜査が適正であったかを調査するための特別チームを編成し、実態解明に乗り出す方針を示していた。

「シャブ抜き」の証拠が現存
 辞令交付の時点では、神奈川県警も警察庁も「組織的な隠蔽(いんぺい)事案」との認識はあったものの、事件の構図は判然としていなかった。神奈川県警に赴任した金高に、大木は「一番の問題は、誰の命令で動いたかということです」。前任の警務部長の中林英二は「科捜研に、ある程度記録が残っている。その記録を見てくれ」と引き継いだ。
 神奈川県警科学捜査研究所。県警本部から数百メートル離れた横浜・中華街の一角にあり、DNA型鑑定、ポリグラフ、火災原因究明、さらには薬物の分析などを担う。その科捜研に、不自然な尿検査のデータが現存していた。覚醒剤の検出を示す陽性反応が出ている「氏名不詳」の検査結果。警部補を横浜市内のホテルに軟禁して連日尿検査を繰り返すなど「シャブ抜き」をし、陰性反応に転じた段階で形ばかりの「正式な捜査」を行った隠蔽工作の証拠の一部だった。
 調査チームの報告などから、着任1週間程度で当時の本部長・渡辺泉郎の指示が発端だということが見えた金高は、警察大学校長を最後に99年2月に退官し、民間企業の顧問に転じていた渡辺の職場に出向いて面会。本当に渡辺の指示があったのか確認するためで、この疑惑を巡って捜査当局が渡辺と初めて接触した局面だった。やりとりの後、金高は「これから徹底的に調査をしますので、事実を言ってください」と告げ、別れた。
 県警に戻った金高は調査チームの幹部に、渡辺との会話の内容や反応を伝達。もみ消しに関与した全員からの聴取が終了した10月下旬、捜査への移行を本部長の村上徳光に具申し、了解を得た。
 11月4日、県警は96年に諭旨免職になった元外事課警部補と交際相手の女を覚醒剤使用の疑いで逮捕。14日には、警部補の覚醒剤使用事件を握りつぶした犯人隠避の疑いで、渡辺をはじめ、当時の警務部長、生活安全部長、監察官室長、担当監察官ら9人を書類送検した。担当監察官ら4人は、警部補の自供に基づいて発見した覚醒剤とみられる粉末などを廃棄したとして、証拠隠滅の容疑でも書類送検された。渡辺ら5人は起訴され、全員が有罪となった。

カナロコ by 神奈川新聞
【平成の事件】警官「シャブ抜き」で事件隠蔽、主犯は本部長 神奈川県警不祥事対応で異例人事
1999~2001年発覚・発生の神奈川県警の主な不祥事と経過

本部長の命令とは
 有罪となった当時の幹部らは公判などで、事件をもみ消す渡辺の方針が不本意であったと口々に語ったが、当時は誰一人、いさめることはなかった。「40年間の勤務で、上司の命令・指示に服従する習性が身についており、正しい判断ができない状態になっていた」「組織の一員として逆らえなかった。勇気と決断がなかった。部下の人事や(自身の)部門の組織への影響を危惧した」などと悔やんだ。
 金高は捜査の過程で、神奈川県警で事件に関与した主要な人物に会った。直接相対し、当時や現在の心境などを尋ねた。「皆さん、やってしまったことは大変なことなので後悔していたが、上からの命令だったので、非常に複雑な胸中だったと感じた。自分が動かなければ、こんなことにはならなかった、自分は組織の中で本当はどうすべきだったのかなどと、非常に複雑な思いを持っていた」
 未曽有の組織犯罪摘発から20年。県警不祥事への対応に奔走した後、警察組織の中枢を歩み、警察庁長官も務めた金高は今、あの事件をどう振り返るのか。
 「1人の一言で数十人が動く完全な組織犯罪だった。それだけ本部長の判断、命令は重い。絶対に正しくなくてはならないと痛切に感じたが、本部長を支える部長クラスが何で声を上げないのかと思った。でも、本部長の命令というのは、重いんですよ。本部長命令には、命懸けの命令もある。そういう人は、絶対に違法なことを命じてはいかんのです」
 =肩書は当時、敬称略
連載「平成の事件」
 この記事は神奈川新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。4月8日から計10本を公開します。

【その科捜研に、不自然な尿検査のデータが現存していた。覚醒剤の検出を示す陽性反応が出ている「氏名不詳」の検査結果。警部補を横浜市内のホテルに軟禁して連日尿検査を繰り返すなど「シャブ抜き」をし、陰性反応に転じた段階で形ばかりの「正式な捜査」を行った隠蔽工作の証拠の一部だった。】w

【11月4日、県警は96年に諭旨免職になった元外事課警部補と交際相手の女を覚醒剤使用の疑いで逮捕。】

科捜研と外事課かぁ。金高雅仁のヒントはわかりにくいw

【神奈川県警科学捜査研究所。県警本部から数百メートル離れた横浜・中華街の一角にあり、DNA型鑑定、ポリグラフ、火災原因究明、さらには薬物の分析などを担う。】w

あ、これ?

DNA型鑑定と火災原因究明が科捜研の利権になってるんだからと…金高雅仁w

科捜研がDNA鑑定して臓器狩りをしたあと死体を焼却。火災原因究明も科捜研。司法解剖?。シャブで外務省に飼われている外事課が臓器を在外大使館に出荷。臓器売買で売れ残った遺体を公邸料理人が女体盛りと寿司にして晩餐に出すってか?

コロンボスタイルなんだとw。さすがー、金高雅仁GJw。貴重な情報をありがとう。中南中と徳洲会とロータリークラブかぁ。

グアテマラを訪れていたエホバの証人の宣教師キモト・ユリカ(28)が殺害される。もう1人は重症

服部信明茅ケ崎市長が茅ケ崎湘南ロータリークラブの例会で暗殺されるw

苦闘自慢w。いやいや、そうではないのかもw
犯人役を神奈川県警にするか警察庁にするのか揉めているのだろう。

カナロコ→「隠蔽の成功がさらなる隠蔽を生む」キャリアの見た闇

【平成の事件】神奈川県警不祥事
「隠蔽の成功がさらなる隠蔽を生む」キャリアの見た闇
平成の事件 神奈川県警 不祥事
社会 神奈川新聞  2019年04月24日 03:26
 キャリアの本部長が主導した覚醒剤隠蔽事件をはじめ、殺人、恐喝未遂、贈収賄、窃盗、性犯罪――。1999年9月から相次いで発覚した神奈川県警の不祥事は、過去に隠蔽した事案が表面化するだけでなく、新たな不正や犯罪が続々と発生して底なしの様相を呈した。混乱の収拾と組織の立て直しを託された警察官僚の金高雅仁氏は、処分と謝罪、対応に追われ続けた。前代未聞の不祥事対策に苦闘した後、警察組織の中枢を歩んだ元警察庁長官の金高氏が、県警不祥事の背景や教訓などを語った。(渋谷 文彦)
警務部長として対応に追われた神奈川県警の不祥事を振り返る金高雅仁氏=2019年2月、東京都千代田区
 覚醒剤隠蔽事件では当時の本部長ら5人が有罪になったほか、23人に上った大量処分で当時の警務部長や担当監察官が懲戒免職になり、停職や減給の処分を受けた幹部3人が辞表を出した。末端で関与した外事課員らも処分。組織と個人の関係が焦点になった。
 「覚醒剤を使用した警部補をホテルに軟禁して一週間ほど一緒に泊まり、(覚醒剤反応が出なくなるまで)尿を採り続けた外事課員の警部補らを処分したが、その時、ものすごい議論があった。本部長に直接言われたら逆らうかもしれないが、本部長命令は直接警部補には行かない。警備部長がいて外事課長がいて外事課補佐がいて重畳的になる。その命令に従った、抵抗しなかったことを処分理由にできるのか。これに、ずいぶん悩んだ」
 絶対的な権者から来る命令と、末端の行為の関係が難しく、苦悶した。下した結論は本部長注意。重視したのは、県民の視線だった。
 「組織と個人を考えると、最終的な処分を決めるのが非常につらかったが、結果的には私が判断した。懲戒処分は酷だがお咎めがあり、本部長が直接注意する処分にした。警察官は違法行為を取り締まる立場。それが上から言われて罪を犯し、お咎めなしでは県民の目が許さない。罪を犯せという命令を出しているのは、本部長であっても犯罪者。それを摘発するのが、県民が期待する警察官だと思う。そういう考え方を浸透しないといけないと思い、あえて処分した」
 神奈川県警の問題が連日報道される中、不祥事を積極的に公表しないよう指示したマニュアルを監察官室が91年に作成していたことも判明。「(公表は)一般市民への警察の信頼感と警察職員の士気を低下させるだけ」「マスコミとの摩擦を恐れるだけの安易な考えで公表することがあってはならない」と、不祥事隠しと受け取られかねない内容だった。
 「それが影響しているか別として、神奈川県警にはそういう体質があった。先行2事件(押収ネガ悪用の女子大生脅迫と集団暴行)を見ても、あれを表に出さないで処理するのはありえない。一つは業務に絡んだ悪質な懲戒免職、もう一つは凄惨なリンチみたいな事件なのに捜査もせず、なかったようなことを言う。いくつかの都県警本部を渡り歩いたが、あそこまでの隠蔽を見たことがない」

組織ぐるみで隠蔽、関与した全員、「心が一つ」になっていた
 そうした体質はなぜ生まれたのか。要因として指摘するのは上層部の姿勢、判断だ。
 「外部からの批判を恐れ、きちんと処理しても外には出さないという対応が、まず原型としてあった。外に出さないことを優先すると中で事案を共有しなくなり、何の対策も行われない。対策がないと同じことが繰り返され、またそこで伏せる。そういうことが繰り返されていくとエスカレートする。隠蔽の成功がさらなる隠蔽を生む。ついには証拠ががっちりありながら、事件がなかったことにしてしまえ、自分たちが決められるんだと。その最終的な形が本部長たちの事件だったと思う」
 「覚醒剤隠蔽事件では、最初に幻覚状態の警部補が女と一緒に当直に駆け込んでくる。誰が見ても幻覚状態なのに女を帰宅させた。それは本部長命令でない。女を帰宅させたら事案はどうなるのか。普通にきちっとやる対応に最初からなっていない。どこかに『これは内々になる』みたいなものがあったと思う。どういう姿勢で臨むかは上層部の判断。報告を上げても『内々で処理すべし』と上からくるので、だんだん横で分かってきて、このぐらいはやってもいいという、不祥事に対する甘い体質が県警全体の中にあったと思う」
 「覚醒剤隠蔽事件は本部長の滅茶苦茶な判断に誰も異を唱えずに従った。いさめに行く向きが、私の知る限りなかった。最後はみんな、言葉は悪いが『心が一つ』になっていた。嫌々だったかもしれないが、これは県警のため、これはやらなくちゃと」

覚醒剤隠蔽事件で元本部長らが起訴されたことを受け、苦渋の表情で頭を下げる金高警務部長=1999年12月1日、神奈川県警本部
 県警警務部長を務めた1年11カ月の間、金高氏が行った「おわび会見」は15回に上った。「ここで県民に見放されたら、何十年も信頼は回復しない」との危機感から、不祥事を明らかにして厳格に処分し、深々と頭を下げながら説明を尽くし続けた。警察への信頼こそが治安の基盤であり、信頼を崩す唯一の問題が不祥事だと考えるからだ。
 「本部長たちの事件を機に県警は大変なピンチとなり、信頼が消えていくことにほとんどの職員は危機感を持っていたが、連続空き巣にせよ、連続強制わいせつにせよ、あのさなかにずっと続いていた。非常にショックだったが、危機感が全員に共有できていなかったのだと思う。新たに起こったこともすごかった。殺人や、拘置中の女性の胸を触るとか、収賄とか。非常に不祥事に甘いが故に規律が弛緩し、ああいう厳しい局面でも全員が変わるには至っていなかった」
 厳格な処分、おわび、対策と、不祥事への対応に奔走する中、県警の一部の人たちに被害者意識のようなものがあると感じた。その背景には、警察官僚、キャリアの判断に対する思いがあるとの印象を持った。
 「私はどんどん摘発する側で不祥事を明らかにし、おわびを続けていた。それに対し、若干冷ややかに感じている人もいた。先行2事件で県警を炎上させたのは、本部長、警務部長の責任。そして、2代前の本部長があんなことをやっていたと、ほとんどの県警の人が初めて知った。それは全部東京からきたキャリアがやった。それで今度は(不祥事を摘発して)犯罪者扱いするのか、責任があるのはお前らだと考えた人もいたと思う。当然だと思う。県警の大不祥事は、どの事件もキャリアの責任が重い」
 覚醒剤隠蔽事件では県警トップの本部長ら5人が有罪となった。本部長経験者が在職中の犯罪を法廷で裁かれたのは初。キャリアのあり方もクローズアップされた。
 「あの事件が直接の契機とは言わないが、今はキャリアであっても必ずしも本部長にはならない。本部長の一言が組織、県民国民に与える影響を考えると、キャリアであるからというだけで本部長をさせることはできない。まっとうでない命令をするような人間は本部長にさせない。ちょっとでもそういうことが耳に入ったら代える」
 「私自身も本部長レベルの人には色々な話をずっとし続けた。神奈川県警の不祥事の話もした。体験したことがない人には実感がわかないので、つらい経験は語り継がないといけない。つらい体験をして作った制度の裏にはこういう事案があり、多くの人が苦しんだ。そうならないために、こういう制度があると、教えないといけない」
  2年弱で神奈川県警を去り、警察庁刑事局長、官房長、長官などを歴任。警察官僚として中枢を歩む中、神奈川県警の不祥事を受けた思いを伝え続けた。
 「不祥事に甘い体質が不祥事を生むと強く感じたので、どんな立場になってもそれを言い続けた。その経験が生きたと思ったのは、長官のときか、重大な人身安全関連事案で、やるべきことをやっていたという県警のコメントが上がってくることがあった。そういう風にやっていると、その県警はそうした事案に強くなれない。神奈川県警の不祥事と同じ。問題はなかったとすると、問題の原因を除去しようとか、意識改革しようとならない」
 「捜査でやるべきことはやっていたが殺人犯が捕まらなかったとき、問題なかったと誰も言わない。一生懸命やっても捕まらなければ失敗。警察とはそういう厳しさがなければいけない。それと同じで一生懸命やっても人の命を守れなければ失敗なんです。失敗は失敗と認めて、なんで守れなかったのか明らかにしろ。そうしないと人身安全関連事案に警察は強くなれないと、かなり厳しく言った。それは県警不祥事の経験が言わせたように思う」

迷ったら、原点に戻れ
金高雅仁氏が筆者に宛てた年賀状。神奈川県警を離れ、警察機構の中枢を歩みながらも、県警の状況をいつも気に掛けていた
 自身は警察庁長官を最後に2016年に退官。今年で神奈川県警の不祥事から20年。警察への信頼が根本から問われた一大不祥事のあった平成という時代が幕を閉じる今、後進たちに伝えたいものは何か。
 「昔は家庭や地域にそれなりの防犯力があったが、今はあまりない。だけど犯罪は減るし、日本の治安レベルは世界の中で、特に先進国の中でダントツに良い状態は変わらない。なぜかというと、国民が協力してくれるから。それが他の先進国と決定的に違う。今の治安の基盤は国民の協力だと思うが、それが得られているのは、国民が警察を信頼してくれているからなんです。結果もきちっと出すだろうと思っているだろうし、警官が間違ったこと、違法なことをするとは思っていない。ただ、その信頼を崩していくのは、唯一、不祥事だと思う。治安を守るためにも警察職員一人一人が曲がったことをしない、警察官らしい立ち居振る舞いをするのが基本。これだけは守ってくれと言いたい」
 「私が警察庁を選んだ理由の一つは、誰でも持っている正義感みたいなもの、なんとかしてあげたいという思いが、警察は自分の仕事としてできると思ったから。そういう仕事に従事できることが非常に幸せだと思った。警察職員は皆、どんな人間でも持っている正義感を実現するために警察官になったのだと思う。それを全うしてほしい。迷ったり、何かにぶつかったりしたら、その原点に戻れ。何のために警察官になったのか。そうすれば、進むべき道は見えますよ」

外務省と公安調査庁と皇宮警察で蠢いているディープステイトへの言及がないw。総務省(旧郵政省、逓信省)の横須賀のYRPのNTTドコモやNISTにも触れてないw。

神奈川県警だけでは中南中の部隊を説明できない。 神奈川県警の役割など小さい。 トカゲの尻尾にもなれない。 神奈川県警のような下っ端ではなく警察庁のカウンターパートの米大使館や米軍基地のFBI分室や東京地検特捜部の闇についてしゃべることはできないのかね?金高くんw。

サイバー兵器GALILEOのアカウント(hyamaguchi09@npa.go.jp)は神奈川県警ではなく警察庁だったことにも触れることができないw。

#HackingTeam の /etc/LISTA.txt 解析

カナロコは金高雅仁とおかやんの対談記事を組めw。テーマは「ディープステイト」w

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