弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

【ボコハラムの日報】陸自はイラク派遣の日報がないと言って朋美ちゃんをハメたな。2009年ディープステイトがターゲットをアフリカにシフト。update10

【ボコハラムの日報】稲田朋美防衛相「非公表や隠蔽を了承する行動は私の姿勢と真逆」
コインチェックでマネロン中の580億円を強奪されてしまったので再びナイジェリアの「人さらい」を再開
の続き。

国内社会ニュース(共同通信)2018年4月10日 / 11:09 / 5時間前更新 文書名は「日本隊日報」、防衛省
 防衛省は10日、情報本部で新たに見つかった南スーダン国連平和維持活動(PKO)の陸上自衛隊の日報は、共有の「施設隊」というフォルダー内に「【注意】日本隊日報」などの名称で保存されていたと明らかにした。文書のタイトルに「注意」「日報」とはっきり書かれており、防衛省は取り扱いに注意すべき文書だと認識していた職員がいるとみて、経緯を調査している。
 防衛省によると、見つかった文書は日数にして1年以上にわたり、うち一つは「【注意】日本隊日報第1636号」というタイトル。情報公開請求に当初「不存在」とした2016年7月8日分だった。
はぁ?「日本隊」w。なんだそれ。財務省と同じことが起きてるのかw。

稲田氏指示、統幕が「3部署限定」で伝える 2018/4/7 21:31
 自衛隊イラク派遣部隊の日報問題で、防衛省は7日、昨年2月に当時の稲田朋美防衛相が口頭で出した日報の捜索指示を、統合幕僚監部が三つの部署に限定して伝えていたと明らかにした。統幕幹部は「やり方が適切ではなかった」と述べた。

「ない」日報、1日おきに新事実 現場に届かぬ政治統治 藤原慎一 編集委員・土居貴輝2018年4月7日05時00分
「ない」とされた自衛隊のイラク派遣時の日報が、陸自に続き、空自でも見つかった。防衛相が発した探索指示を省内と自衛隊に徹底させることができず、シビリアンコントロール(文民統制)を利かせられなかった政治の責任は重い。
防衛相、異例の訓示
 6日夕、防衛省11階の大臣室。小野寺五典防衛相は事務方トップの事務次官や「制服」を束ねる4幕僚長ら幹部約20人を緊急に集め、こう強調した。
 「防衛省・自衛隊の危機的な状況。私同様、危機感を持ってこの問題に取り組まなければならない」
 その直前には約1千人の幹部職員を講堂に集め、異例の訓示を行った。
 「全国の隊員諸君」と呼びかけ、約25万人の自衛隊員に向かって「文書が適切に管理されているか、もう一度確認していただきたい」と訴えた。音声は防衛省内に流れ、全国の各部隊でも中継された。
 小野寺氏がここまで危機感を抱くのは、昨年2月に当時の稲田朋美防衛相がイラクの日報について「見つけることはできなかった」とした国会答弁の整合性が問われる事態というだけではない。稲田氏がその後、省内に探索の指示をしながら、陸上自衛隊は1カ月後に見つけたのに報告せず、航空自衛隊にも結局存在していたこと。大臣が把握したのは、指示から1年以上も経過した後だったという事実の深刻さだ。
 防衛省の内部部局では大臣官房…
【「全国の隊員諸君」と呼びかけ、約25万人の自衛隊員に向かって「文書が適切に管理されているか、もう一度確認していただきたい」と訴えた。音声は防衛省内に流れ、全国の各部隊でも中継された。】
5点がドラマみたいなことやったらすいw。すばらしい。

1年放置、稲田氏「こんなでたらめが」 陸自幹部も疑問 藤原慎一 土居貴輝、古城博隆 中山由美、岡戸佑樹2018年4月5日09時00分
国会内で記者の質問に答える稲田朋美元防衛相=5日午前8時54分、岩下毅撮影
写真・図版

陸自イラク派遣とスーダンPKOの日報問題

 存在していないとしていた陸上自衛隊のイラク派遣時の活動報告(日報)が見つかった問題をめぐり、新たな事実が明らかになった。陸自内部では昨年3月に見つかっていたが、当時の稲田朋美防衛相ら防衛省幹部に報告されず、1年以上にわたり伏せられていたという。ずさんな文書管理が相次いで発覚したことに政権は戸惑い、文民統制(シビリアンコントロール)が問われる事態だと野党は批判を強めている。
「大きな問題であり、大変遺憾だ」
 4日夜、東京・市谷の防衛省玄関前。記者団の前に姿を現した小野寺五典防衛相は、日報が昨年3月下旬に陸自内で見つかっていながら、当時の稲田朋美防衛相らに報告されていなかったことなどを語り始めた。
 過去の国会答弁で存在を否定していた、イラクに派遣された陸自部隊の日報が見つかったと公表したのは今月2日。それからわずか2日後に、昨年3月に把握していながら1年以上も隠蔽(いんぺい)していた疑いが浮上し、与党からは厳しい意見が相次いだ。
 公明党の山口那津男代表は4日、BS11の番組で「国民を欺く、その代表である国会を欺くことだ」と批判。自民党執行部の一人も「言語道断。与党も野党も関係なく、厳しくやらないといけない」と語った。安倍晋三首相の周辺は「政権として防衛省がグリップできていない。文民統制ができていないことを露呈している」と漏らした。
 日報が見つかった時に防衛相だった稲田氏は4日夜、朝日新聞の取材に「驚きとともに、怒りを禁じ得ない。上がってきた報告を信じて国会で答弁してきたが、こんなでたらめなことがあってよいのか」とコメントした。
 一方、公文書をめぐり次々とず…
これで防衛省のディープステイトが判明したな。

theamericanconservative.com→Blackwater (Xe) Scours War Torn Africa For New Hires(2009年3月8日)
「ボコ・ハラムとフラニ・ヘルズメンは違法臓器売買のカバーだ。」フィリップ・C・ジェマンジ博士[必読]」
ブラックウォーター社(Xe)がアフリカのリベリアで元軍人を募集し始めたのが2009年3月。 イスラム国™勃発(2014年6月)よりもずっと前(2009年3月)からボコハラムは存在してる。

またイラクに派遣された陸上自衛隊5600人のうち、15年6月までに自殺した隊員は21人にのぼる。派遣に際し、精神面で問題がないことを確認し、活動期間もPKOの半分の3カ月と短かったにもかかわらず、彼らは在職中に自らの命を絶った。

医師であり、隊員だった2佐の医官はイラク人に医療指導をする一方、隊員の健康を管理する立場だった。帰国後、不眠を訴えるようになり、自殺。警備隊長だった3佐は帰国後、日米共同訓練の際に「米兵に殺される」と叫んで錯乱、後に自殺した。3佐の地元部隊では、「部下が米兵から誤射されそうになった」、「米軍と撃ち合った」など、さまざまな噂が飛び交った。

なぜ自衛隊は米軍に殺されるのか?

311以降ならロナルド・レーガンが風下で直撃を受けた鈴木寛の問題だろう。
加計問題のターゲットが鈴木寛だと判明。「前川前文科次官の国会中継で文科省からJASRAC理事長に天下りした加古氏や加計に天下りした木曽氏の話が出ていました。」

イラクに原因があるのなら第一次あべちん政権時代のゴラン高原に起因してる。
2018年3月21日にイスラエル空軍が2007年9月5日から6日の夜間にダマスカスから北東280マイルのデリゾール地区で建設の最終ステージだった核施設の破壊したことを公式発表してる。これが解読の鍵。

【ゴラン高原】小泉政権の「平和と繁栄の回廊」構想。ヨルダン渓谷開発援助計画と2007年7月10日にヨルダン渓谷から逃げた人々
【パナマ文書】イスラエルのシリア原子炉空爆の半年前にあべちんがシリア支援の強いメッセージ。兵器級濃縮ウランとプルトニウム製造装置を積んだ北朝鮮の貨物船が米潜水艦の魚雷で撃沈

2003年初頭イスラエルがゴランに核廃棄物を捨てている。シリアが国連で非難。
2003年3月20日イラク戦争勃発
2003年12月イラク戦争後の人道復興支援開始
2006年7月イラクサマワから陸自が撤収
2007年7月10日建設と貿易、農業に関わっているシリア国民が一目散にレバノンから避難。 7月21日までにベイルートとヨルダン・バレーに帰還。
2007年9月6日イスラエルがシリアの原子炉を空爆。北朝鮮人作業員がいた。イスラエルが2007年9月5日から6日の夜間にイスラエル空軍がダマスカスから北東280マイルのデリゾール地区で建設の最終ステージだった核施設を破壊したとはじめて公式発表(2018年3月21日)←これが今回の解読の鍵。
2007年9月12日イスラエルのシリア原子炉空爆を米が認める。
2007年9月12日あべちん。緊急記者会見を開いて首相の職を辞することを表明
2008年12月空自輸送活動終了
2009年2月イラク戦争後の人道復興支援終了。←この後、ディープステイトのターゲットはアフリカにシフトw。
2009年3月【ボコハラム始動】ブラックウォーター社(Xe)がアフリカのリベリアで元軍人の募集を開始した記事。theamericanconservative.com→Blackwater (Xe) Scours War Torn Africa For New Hires(2009年3月8日)
2010年末イスラエル首相(Yitzhak Rabin, Ehud Barak, and Ehud Olmert)がゴラン高原のシリア譲渡に方針返還。
2011年12月15日米軍の完全撤収によってバラク・オバマが、イラク戦争の終結を正式に宣言。

自衛隊イラク派遣←ウィキ

2018.4.6 16:56 【陸自イラク日報問題】イラク日報、空幕長が陳謝 「確認飛行の実施」記載 PC共有フォルダーに保存
イラク日報問題で、陳謝し頭を下げる丸茂吉成航空幕僚長=6日午後、防衛省(飯田英男撮影)
 丸茂吉成航空幕僚長は6日の定例記者会見で、航空自衛隊のイラク派遣部隊が作成した計3日分、3枚の日報が見つかったことに「探索が不十分だったことは疑いのない事実、深くおわび申し上げる」と陳謝した。空自は3枚を公表。一部が黒塗りで「(機体不具合による警告灯の)点灯に伴う確認飛行を実施」などと記載されていた。
 丸茂空幕長は日報について、空幕運用支援課のパソコンの共有フォルダー内にある「週間空輸実績」というフォルダーに保存されていたと説明。昨年2月、野党議員からの資料要求を受けて共有フォルダーも捜したが、「週間空輸実績」の中に日報が入っていると思わず、細部を確認しないまま見落としたという。
 空自は2004(平成16)~08(同20)年、イラク復興支援特別措置法に基づき、クウェートを拠点に輸送機による空輸を実施した。
【空幕運用支援課のパソコンの共有フォルダー内にある「週間空輸実績」というフォルダーに保存されていたと説明。】w

陸自 日報問題 去年3月に存在確認も大臣らに報告せず 4月4日 18時53分
陸上自衛隊のイラク派遣の日報が見つかった問題で、実際には去年3月の時点で、日報の存在が確認されたにもかかわらず、陸上自衛隊が、発見の事実を当時の稲田防衛大臣らに報告していなかったことを、小野寺防衛大臣が明らかにしました。
陸上自衛隊のイラク派遣の日報が見つかった問題をめぐって、防衛省はこれまで、陸上幕僚監部からの報告として、去年の2月から3月にかけて、今回保存が確認された陸上自衛隊の研究本部で探したものの、見つからなかったと説明していました。
これについて、小野寺防衛大臣は4日夜、記者団に対し、「去年3月から開始した南スーダンPKO部隊の日報問題に関する特別防衛監察の過程で、去年3月27日に陸上自衛隊の研究本部において外付けハードディスクからイラクの活動の日報が発見されていたことがわかった。しかし、研究本部の教訓センター長以下がその存在を確認していたにもかかわらず、当時の稲田防衛大臣をはじめ政務三役、内部部局、統合幕僚監部に報告がされていなかったとの説明があった。大きな問題であり、大変遺憾だ」と述べました。
そのうえで、小野寺大臣は、「陸上自衛隊から当時の稲田防衛大臣に、このような重大な情報がなぜ上がっていなかったのか、情報がどの範囲まで共有されていたのか、調査する必要がある」と述べ、調査チームを立ち上げて事実関係を解明し、厳正な措置を行う考えを示しました。
小野寺大臣は、研究本部の教訓センター長が報告しなかった理由について、「きょう聞いた内容では、南スーダンの日報を調べているので、イラクの日報を報告する必要があるとは認識していなかったということだと思う」と述べました。
また、小野寺大臣は、去年2月に当時の稲田防衛大臣が国会で、陸上自衛隊の国際活動教育隊に「保管していない」と答弁していた自衛隊の海外派遣の日報についても、保管されていたことを明らかにしました。
そのうえで、「このような正確性を欠く国会答弁や、資料要求への対応を行ったことをおわび申し上げたい」と陳謝しました。

防衛省の当初の説明は
今回、防衛省は陸上自衛隊の研究本部に保存されていたイラク派遣の日報について、去年2月から3月にかけて行われた調査で見つからず、去年11月、陸上自衛隊のすべての部署を対象に改めて調査が行われた際に見つかったと説明していました。
しかし、研究本部で見つかったことは、1月12日に研究本部から陸上幕僚監部の総務課に伝えられたとしていますが、いつ見つかったのかははっきりしないとして、詳しく調べると説明していました。

PKO部隊の日報問題のさなかに
陸上自衛隊の研究本部でイラク派遣の日報が見つかった去年2月から3月にかけては、南スーダンのPKO部隊の日報が問題になっていた時期と重なります。
この時期に破棄したとしていたPKO部隊の日報が保管されていたことが明らかになりましたが、そうした時期にもかかわらず研究本部はイラク派遣の日報が見つかったことを報告しませんでした。
さらに今回の説明でも、防衛省は研究本部で去年2月から3月の調査では見つからなかったと説明しており、1年以上にわたってイラク派遣の日報の存在を隠蔽していたことになります。
公文書の扱いをめぐって防衛省は去年7月、PKO部隊の日報問題を受けて公文書の管理と情報公開を徹底するとして対策の強化に取り組む姿勢を示していただけに、組織の信頼性が厳しく問われることになります。
あー、完全に陸自がハマったわ。朋美ちゃんをハメた陸自決定かぁ。なにやってるんだか。

いずれにせよ陸自の日報が憲法改正に反映されるのは悪いことではないだろう。 それとも憲法9条に「ボコハラムの臓器狩り」だの「イスラム国™で海外テロ推進」だの登場するんじゃないか心配?w。5点はそんなことはやらないだろうw。

イラク日報、公表まで3カ月「精査していた」 小野寺氏 2018年4月3日12時28分
写真・図版 閣議後、イラク派遣の日報問題について記者の質問に答える小野寺五典防衛相=3日午前9時10分、首相官邸、岩下毅撮影
 防衛省が過去の国会答弁で存在しないとしていた陸上自衛隊のイラク派遣時の活動報告(日報)が見つかった問題をめぐり、菅義偉官房長官は3日の閣議後会見で「まず防衛省の中で対応していく話だ」と語り、責任は防衛省にあるとの考えを示した。一方、小野寺五典防衛相は同日、改めて陳謝した。
 菅氏は会見で「小野寺大臣の強力なリーダーシップのもと、新たな公文書管理のガイドラインに沿って情報公開、文書管理の取り組みを徹底してほしい」と強調。再発防止に向け、電子決裁システムへの移行を加速することの重要性などを訴えた。
 また、公文書管理を担当する梶山弘志規制改革相はこの日の会見で「必ずしも適切とは言えない文書管理が行われた。遺憾に思っている」と述べた。
 一方、小野寺氏は同日の会見で「文書を見つけられなかったことについておわびを申し上げたい」と陳謝。陸上幕僚監部が1月に文書の存在を把握してから公表するまで3カ月近く要したことに、「文書に欠損はないかの精査を重ねていた」と説明し、隠蔽(いんぺい)には当たらないとの認識を示した。この問題の責任の所在などについては「一連の経緯がつまびらかではない」と言及を避けた。
 ただ、与党内からは厳しい声も出ている。自民党の二階俊博幹事長は同日の記者会見で「誠に遺憾」と指摘。公表まで時間がかかったことについて、「厳重の上にも厳重に、重ねて注意したい」と述べた。公明党の山口那津男代表も同日の会見で「しっかり説明責任を尽くす必要がある」と指摘し、文書管理のあり方について国会論議が必要との考えを示した。
5点は精査した内容を憲法改正にフィードバックするつもりなのだろうw。でなきゃこの時期にわざわざ見つかったなどと5点は発表しないだろw。

2004~06年イラク派遣 「不存在」の日報発見 陸自、1月には把握 2018年4月3日 朝刊
 小野寺五典(いつのり)防衛相は二日午後、二〇〇四~〇六年に人道復興支援でイラクに派遣された陸上自衛隊の活動に関する日報が、防衛省内に保管されていたと明らかにした。同省で記者団に語った。日報は昨年二月の国会で、当時の稲田朋美防衛相が「残っていない」と答えていたが、今年一月までに陸上幕僚監部で存在を把握していた。陸自の南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)に続き、同省のずさんな文書管理が明らかとなった。 (新開浩)
 小野寺氏は、イラク派遣部隊の日報をこれまで確認できなかったことについて「おわび申し上げたい」と陳謝した。
 防衛省が保管を確認したのは、イラク復興支援群などの三つの部隊が、〇四年一月から〇六年九月に作成した延べ三百七十六日分の計約一万四千ページ。同省は公開可能な文書かどうかを確認した上で、今月中旬をめどに日報の提供を求めた野党議員に提出する方針。
 同省は昨年七月末、南スーダンPKOの日報隠蔽を受けた再発防止策をまとめ陸海空の自衛隊を統合運用する統合幕僚監部が全ての日報を一括管理し、十年間保存することを決めた。
 この方針に沿い、陸上幕僚監部が昨年十一月、全国の各部隊に保有する文書の確認を指示したところ、陸幕の衛生部と研究本部が今年一月までに、イラク派遣部隊の日報を紙と電子データで保管していたことを見つけた。研究本部が一月十二日、日報を保管していたことを陸幕総務課に報告。陸幕は二月二十七日になって統幕に報告したという。
 防衛省の担当者は、昨年二月時点では日報が残っていないとしていたことについて「できる範囲で調べたが、確認できなかった」と、隠蔽の意図はなかったことを強調した。
 イラク派遣部隊の日報には、南スーダンPKOの日報問題が国会で議論されていた昨年二月、当時の民進、共産両党の議員が質問や資料請求を行った。

◆ずさん文書調査 また
<解説> 南スーダンPKOに続きイラク人道復興支援活動でも、防衛省が当初は存在しないと説明していた日報が見つかった。同省がずさんな文書調査の姿勢を改めない限り、隠蔽体質に対する疑念は拭い切れない。PKO日報では、防衛省は当初、陸上幕僚監部が廃棄したと説明。その後に陸幕内でも保管していたことが判明し、最終的に陸幕や内局の幹部による組織的な隠蔽が認定された。
 同省の担当者によると、イラク派遣部隊の日報は、昨年三月、今回日報が発見された陸幕の研究本部を調査した際は「日報はない」との報告。だが研究本部は今年一月になって、一転して存在を報告してきた。
 同じ陸自内で「ない」とした日報が実は存在していたという構図は、隠蔽が認定されたPKO日報と全く同じ。しかも今回、日報が見つかったのは「教訓業務各種資料」という表題のファイル内だった。日報と教訓との関連性は強いはずだが、研究本部が昨年、このファイル内を調べたかどうかも、防衛省は把握できていないという。
 陸幕で日報の存在を把握してから発表までに時間がかかった不自然さも残る。説明責任はしっかり果たす必要がある。 (新開浩)
なるほどね。南スーダンはボコハラムで、イラクはイスラム国™かぁ。

「ない」と説明の陸自イラク派遣日報発見 防衛省 2018/4/2 20:28
 小野寺五典防衛相は2日、2017年2月の国会で存在しないと説明していた陸上自衛隊のイラク派遣の日報の存在を確認したと明らかにした。発見したのは04~06年の派遣期間中に作成されたのべ376日分、約1万4000ページ。小野寺氏は防衛省内で記者団に「国会での質問に適切に対応できなかったことは申し訳なかった」と陳謝した。
 2006年5月、イラク南部サマワの陸上自衛隊宿営地で、地元住民と話す隊員ら(共同)
 防衛省によると見つかった日報は陸上幕僚監部衛生部に紙で、陸自研究本部に電子データで残っていた。防衛省は昨年の南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報を巡る問題を受け、全国の部隊が保有する文書を精査。陸幕総務課が今年1月末までに把握し2月27日に統合幕僚監部に報告した。
 防衛省は隠蔽する意図はなかったと説明している。4月半ばにも資料を要求した国会議員らに開示する方針だ。
 日報は昨年2月16日、当時の民進党議員が資料の提出を求め、防衛省は「不存在」と回答した。同2月20日には国会でも当時の稲田朋美防衛相が「見つけることはできなかった」と述べていた。
 野党は文書発見の経緯を防衛省にただす考え。立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は2日、国会内で記者団に「なぜ今出てきたのか不思議だ。故意に隠していたとしたら大きな問題だ」と指摘した。
 防衛省は2日、12年に作成された日米の防衛協力に関する文書についてこれまで開示してきた文書と同じ表題の文書が新たに2種類見つかったとも発表した。
 表題は「日米の『動的防衛協力』について」。同文書を巡っては、3月30日の衆院外務委員会で、共産党の穀田恵二国会対策委員長が独自に文書を入手したとして開示文書から削除された部分があると指摘。「改ざんの疑いがある」と質問していた。防衛省は質問を受け調査。書き換えや改ざんについては否定し「文書の探索が不十分だった」と釈明した。
後で日報が発見された場合って国会の議論と意思決定をやりなおすの?しないだろうな。 2004年から2006年のイラク派遣で起きた問題点を憲法改正にフィードバックする意味?

2018.4.2 20:36 イラク派遣の陸自日報を発見 昨年「不存在」答弁 南スーダン日報問題を受け再調査、公表に3カ月
新たに発見された文書について説明する小野寺防衛相=2日午後、防衛省
 小野寺五典防衛相は2日、政府が昨年2月の国会答弁などで「不存在」としてきた陸上自衛隊のイラク派遣部隊の日報が、陸自内で発見されたと発表した。昨年の南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報問題を受け、再発防止策の一環として再調査した結果、平成16~18年のイラク派遣期間中に作成された延べ376日分、計約1万4千ページが見つかった。
 防衛省によると、陸自研究本部に電子データで、陸上幕僚監部衛生部に紙で残っていたと、今年2月27日に陸幕が統合幕僚監部に報告した。研究本部は昨年2月に国会で取り上げられた際に照会を受け、同3月に「存在しない」と回答。その後、存在を確認した時期は不明だが、今年1月12日に陸幕総務課に日報が見つかったと報告した。統幕への報告まで1カ月以上、陸幕で情報が止まっていた。
 研究本部には「教訓業務各種資料」という行政文書名で電子データとして保存していた。防衛省は「イラクと結び付かなかった」ため発見できず、隠(いん)蔽(ぺい)ではないと説明した。
 小野寺氏は今月半ばをめどに資料要求のあった国会議員に日報を提出する意向を示し、「国会での質問に適切に対応できなかったのは申し訳なかった」と述べた。日報の内容については「特に変わったものがあるとは認識していない」と語った。
 また、小野寺氏は24年に作成され、情報公開された日米協力に関する文書について、同じタイトルで一部内容が異なる2つの文書を発見したことも明かした。小野寺氏は「基本的には(公開された文書と)同じ内容だ」と説明した。この文書については、共産党の穀田恵二国対委員長が3月30日の衆院外務委員会で「森友問題と同じ改竄(かいざん)ではないか」と指摘していた。
ディープステイトも終わりだなぁ。

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