弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

1973年の資源エネルギー庁発足と日本赤軍 update1

日本赤軍てのは今の「イスラム国™」のことだったんじゃないかという仮説に基づき、 日本赤軍の事件のスピン対象を検証するマニアックな試みw

三菱重工爆破事件はウォーターゲート事件の報復なんじゃね(川内再稼働のメッセージ)
神保玲子
も参考。

1973年6月29日ハゲイが原子力を資源エネルギー庁に移譲。衆参で可決。
1973年7月20日日本赤軍によるドバイ日航機ハイジャック事件発生。
1973年7月25日資源エネルギー庁発足。


昭和48年(1973年)7月5日通産省設置法の改正が可決。「原子力」は外局(資源エネルギー庁)へ移譲。


昭和48年(1973年)7月5日「米国市民にエネルギー危機を訴えるニクソン大統領」
ニクソンがエネルギー危機をアピール。


昭和48年(1973年)7月5日「米大統領、再度エネルギー声明を発表。」
「AEC機能の分離刷新も」


昭和48年(1973年)7月5日「政府、国際海洋投棄規制条約署名」
「これまで放射性物質の海洋投棄に関する国際基準がなかった。」


昭和48年(1973年)7月26日「BN350が稼働」
「淡水不足に悩まされており、BN350の稼働によりある程度淡水不足が緩和される」
あ?水不足て高速炉推進のキャンペーンだったのきゃ。


昭和48年(1973年)8月2日「資源エネルギー庁 看板を掲げる中曽根康弘通産相(右)」


昭和48年(1973年)8月9日「BN350順調な運転続く」

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