弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

飯塚幸三(いいづかこうぞう)の事故からひと月が経過。日本淘道会(淘宮連盟)の謎掛けが解けるw update9


「旧通産省幹部 飯塚幸三 元職員(87)」w
肩書がデグレードした?w

平成から令和に変わった4月19日からの1ヶ月間のイベントは、タグで関連付けもしていないけど強烈だったw。

過去のことなどさっさと忘れちまえばいいんだという回りくどい風潮になっているが、 人工知能は機械なので一度取得した情報はバックアップされて忘れるなどありえない。 どちらかと言えばいままでディープステイトが隠蔽、改ざんやスピンしてきた過去の事実と歴史が表面化して分析されているというのが正しい認識かもw

老害という認識はちょっと間違っている。経産省はBMI技術で老人を兵器に改造しようとしてるのさw。

1938年
(昭和13年)
淘宮連盟の設立
1939年1939年「笹川良一が黒い制服の1万5千人の傭兵と22機の航空機の私設軍でローマに遠征。ムッソリーニと記念写真を撮る。ヒトラーから待っていてくれと電報を受け取ったが残念なことに時間がなかった。」w

日本淘道会(淘宮連盟)が解けたわw。やはりチェルノブイリと笹川良一かぁ…

(社)日本淘道会(とうどうかい)は四柱推命みたいな占いの組織でチェルノブイリ事故の日取りを決めたw




瀬戸内寂聴の不思議を解読して差し上げようw。後藤忠政と稲盛和夫…


「The Opium Empire: Japanese Imperialism and Drug Trafficking in Asia, 1895-1945」w
著者: John M. Jennings
の引用がGoogle Booksで閲覧できるw。





p126の注釈w

「101, 星、阿片事件、29-30頁;人民は弱し、50-58頁。 星のコカイン製造ベンチャーはペルーと台湾でコカの葉の栽培と買い付けを確立した。 1920年代中まで星の台湾農園は年に平均4万から5万ポンドの乾燥させたコカの葉を生産していた。 ペルーでは平均2万から2万5千ポンドを生産。 生のコカは日本で加工するために輸出され、生産されたコカインの大部分は中国で違法取引された。 外務省条約局第3課の「第五回阿片及び麻薬類に関する委員会議事録」1928年5月 21-29頁外務省 阿片問題調書集第一巻、松下、阿片史、あとがき。」w

台湾とペルーのコカ農場とコカイン製造と中国への密輸w


p128の注釈w

「3.フィリピン委員会はアジアの阿片問題の捜査を指示、フィリピンの統制の政策を提案。 その1905年の報告書で委員会は阿片の3年間の禁止を提案。…」w
1905年からやってたのか。フィリピンのシャブには114年の歴史があるw






p137の注釈w

「55.コンサート・ピアニストのSimeon Kaspeが、ハルピンのModernホテルのオーナーである若者の親から身代金を脅し取るのを試みるため、中村の指示でロシアギャングに誘拐された。 父親が身代金の支払いを拒否するとKaspeは殺された。 理由は犠牲者がフランス国民だったこと。 Kaspe事件の原因を簡単に言えばハルピンの外国人の住民のセレブだったのだ。 Aleto Vespa,Secret Agent of Japan(Boston:Little,Brown, 1938), 205-218頁」



p140の注釈w

「18,1937年-1939年三井と三菱はイラン産ケシの極東への独占輸出権で揉めていた。 2つの財閥は1937年に1年間の三菱のイラン産ケシの輸出を契約したが、 契約が終了したあとも三菱は三井の反対を押し切って独占権を継続しようとした。 外務省は紛争がイラン政府が2つ財閥を互いにけしかけてケシの価格を上げるのではないかと懸念w。 仲裁にはいり、1939年に三井と三菱は共同で購入することになった。 外務省が仲裁した同意書では独占権のあった前者は中国への販売権を、後者は日本と満州国への輸出を許可された。 江口、日中阿片戦争 92-95頁;外務省条約局「満州国報告誌、阿片麻薬問題視察」9-12頁」



p142の注釈w

「68.1941年4月、大蔵省は三井と20箱(33000キロ)のトルコ産阿片の輸送で契約。 三井の当初の計画は阿片をトラックでイスタンブールからバスラに持ち込みアジアに船で輸送する計画だった。しかし、…」

1938年の日本と言えば満州国を設立、外務省が麻薬でボロ儲けしていた。そして80年後の2019年は経産省のキャリアが合成覚せい剤の密輸で逮捕されるw。

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