弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

細川政権が短命に終わった理由より、放射能漏れを「サリン」でスピンしたよーな。ダマスカスに似てる。 update9

1993年8月12日細川連立政権誕生
1993年8月26日細川首相がNPTの無期限延長を発表
1993年9月30日国連で演説
1994年4月5日「もんじゅ」が初臨界
1994年4月8日細川首相が辞意を表明
1994年4月15日ムラの大会でNPT無期限延長が問題になる
1994年4月23日井の頭公園バラバラ殺人事件発覚
1994年4月28日細川政権終了
1994年6月27日松本サリン事件
1994年11月8日から4週「週刊プレイボーイ」原発銀座で悪性リンパ腫多発4週スクープ記事 1週目2週目 3週目4週目
1995年3月20日地下鉄サリン事件
1995年9月28日マラヒト社の「露の原潜設備再利用計画」地下原発。
1995年12月8日「もんじゅ」ナトリウム漏洩事故

ダマスカスのサリンをトルコから持ち込んだ記事を読んでてわかったのだけど、要するに放射能漏れを「サリン」でスピンしてるのだ。ストロンチウム90が神経伝達物質のカルシウムの代わりに侵入するように高速炉の液体ナトリウムの希ガスにサリンと同じ効果があるのでしょーな。

1995年12月8日「もんじゅ」ナトリウム漏洩事故というのは浜岡4号機みたいに事故を装い海水を注入、原子炉を意図的にツブしたよーなことが起きてたのかも。


1993年8月12日「非自民連立政権が誕生」
記者会見で江田長官は、「原子力政策については、連立与党の中に相当考え方に幅があり、連立政権の試金石となるかもしれない」
いきなり核政策が江田五月とこじれる。


1993年8月26日「NPT無期限延長を」細川首相が所信表明
江田科技庁長官に聞く「核燃料サイクル路線正しい」
細川連立政権は所信表明演説でNPT無期限延長を発表。


1993年9月30「米国、核不拡散政策を発表」「日欧のプル利用容認」「余剰プルには厳しい目」細川首相国連演説「無期限延長を支持」NPT核保有の恒久化排す
「核燃サイクルは不可欠」江田長官IAEA総会で演説
この一面の組み方で江田五月と上手くいってないのがわかる。リーダーが二人存在してる。


1994年4月5日に「もんじゅ」が初臨界に達し、その3日後の4月8日に細川が辞意を表明してる。
「もんじゅ」の希ガスのサリン効果で誰か死んだのかな?


1994年4月5日に「もんじゅ」が初臨界する1週間前に英スコットランドのドンレーの高速増殖炉の原型炉(PFR)が3月31日に20年の運転を終え閉鎖されてる。ほっほー。西側諸国で持ち回ってるのかね?


1994年4月21日原産年次大会「広島宣言」発表し閉幕 核廃絶の誓い新たに「NPT無期限延長は問題」 「核兵器廃絶の展望がないまま、それを無期限に延長することには問題がある」

ムラの大会でNPT無期限が問題になる。なぜなら「もんじゅ」は退役核弾頭を処分するための原子炉。核武装の象徴なのだ。

細川首相が4月8日に辞意を表明した後NPTの無期限延長が問題になってる。なるほどねー。ムラの計画を邪魔するようなことをいきなり所信表明したので佐川急便の融資を使って引きずり降ろしたのか。

もんじゅが初臨界に達するということは退役核弾頭を燃やして処分できることを意味する。 露のBN-600や 英のPRISMの仕様を見てわかってしまった。 増殖炉なんてフィクションなのだ。ムラはこれから核武装だぁ〜って時に細川首相がNPT無期限延長なんて所信表明したので目の上のタンコブだった。

細川政権は訳もわからず短命だった。しかし今ではなぜ短命だったのか理解できる。細川氏も陶芸家に身を引いて長い間考えて理由がわかったはず。

細川氏は、都知事選で「原発以外ではどのような政策を?」との問いに、無言だった。 細川氏はオレの政権が短命だった理由を調べろと言ってる。NPTを無期限にすることと「もんじゅ」が存在することがそもそも矛盾することに気付けと。ドラマみたいなことが起きてる。

5年も続いた小泉政権の小泉純一郎が8ヶ月で辞任表明した細川政権の細川護熙を支持してる。多度津の起振台の廃止、核融合にプルサーマルまでなんでもやり長期政権を維持した者がNPT無期限を所信表明してもんじゅ臨界の3日後に辞任した者を支持してる。比較すると核政策のすべてがわかると。

日本原子力研究開発機構に要請文を提出――もんじゅの廃炉求めてデモ

 一九九五年一二月八日に火災事故を起こした高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にしよう――。事故から一八年の一二月七日、もんじゅのある福井県敦賀市で、全国集会(主催・福井県民会議、ストップ・ザ・もんじゅなど)が開かれた。

 集会に参加したルポライターの鎌田慧さんは「六ヶ所村の再処理施設建設は六九年には決まっていたが、計画が判明したのが八四年。それまでずっと秘密にされた。特定秘密保護法の制定でますますこうしたことが秘密にされる。再処理施設ができて地元経済は疲弊している」などとした。柏崎刈羽原発反対三団体の武本和幸さんは「もんじゅと美浜原発の間を走る白木・丹生断層はマグニチュード6・9の地震を引き起こす活断層。それらの痕跡が地表で露出している所もある」と危険性を指摘した。

 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「(日本原子力研究開発機構の)松浦祥次郎理事長が最近、もんじゅのことを高速炉と表現したように事業者自らからも増殖の文字は消えている。新たな燃料を生む、などただの夢で苦し紛れに放射性廃棄物の低減化研究施設としているだけ。毎日使われる五〇〇〇万円以上の大半がナトリウムを温める電気代に使われるだけ」と話した。反原発運動全国連絡会の末田一秀さんは「新たな原子力災害対策指針では原子炉から五キロ以内の住民について確定的影響(急性障害)はなんとか避けてあげるけど確率的影響(晩発障害)は我慢しなさいということに変わった」などと警鐘を鳴らした。

 これに先立つ午前、デモ参加者はもんじゅの見える白木海岸に集結。上空で県警のヘリが警戒飛行をする中、小浜市の名刹明通寺住職の中嶌哲演氏が「国民の大運動を巻き起こすとき」などと訴えた。参加者はシュプレヒコールを挙げながらもんじゅのゲートに向かい、同機構の管理課長に廃炉を求める要請文を手渡した。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、12月13日号)

『最近、もんじゅのことを高速炉と表現したように事業者自らからも増殖の文字は消えている。新たな燃料を生む、などただの夢で苦し紛れに放射性廃棄物の低減化研究施設としているだけ。』

NSNS「米は日本が何トンものプルトニウムを蓄積するのに法律を回避して協力した。」 United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium

One of the pivotal debates in Japan during the early 1970s was whether to join the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT). The treaty basically froze the nuclear status quo. The five nuclear powers retained their arsenals while the rest of the world pledged to abstain from nuclear weapons. More than a hundred countries signed the treaty. The only notable exceptions were the few states that held open the nuclear option: India, Pakistan, Israel and Japan. The debate, like most decisions on these issues in Japan, was not carried out in a public forum. But the Americans were listening, and what they heard put Japan’s nuclear ambitions in a completely new light.
「1970年代初期の日本の重要な討論の1つはNPT(核拡散防止条約)に参加するかどうかだった。 条約は基本的に核の状態をそのまま凍結。5カ国が核を保持し世界のそれ以外の国は核武装をやめるのだ。 100ヶ国以上の国が条約に署名。核のオプションの公開を保留した有名な例外になった国は:インド、パキスタン、イスラエル、そして日本だった。 日本のこれらの問題におけるほとんどの意思決定の討論は公開されなかった。 しかし、日本の核の野望が完全に明るみでたと米国人は聞かされている。」

日本は既に核武装してる。だからこそ「もんじゅ」を捨てることができないのですな。


署名と批准があったのだけど、NPT署名が核武装の試金石だったのか。


昭和43年(1968年)5月27日 非核兵器国の立場を強調、NPT審議 保証措置の差別排せ 鶴岡大使が国連政治委で演説 鶴岡大使は「日本政府はNPTの精神に賛成であるが、とくに ①諸国の安全保障 ②核軍縮 ③原子力平和利用の三点については徹底的に検討されなければならない問題がある」

「われわれは、現在の核知識の段階では平和目的のための核爆発装置と核兵器とを区別することは事実上不可能であるという議論を受け入れるものである。」

NPT署名に反対、闇の核武装を言い訳するよーな事を鶴岡大使が国連で言ってる。


昭和45年(1975年)10月1日から始まった定検中の敦賀原発(BWR)に対する異例のIAEA査察。

原電敦賀炉の保障措置については今年四月、IAEAと日本政府との間で、記録録告と封印に関する意見が 一致していたものであるが、査察のやり方についてはIAEA側の独断となっている。

IAEA側は保障措置文書(一九六五年九月採択)第五十七項の"常時立入りできる権利 ”Right of Access at all times"を行使するとして二時間に一回の査察を申し込んできた。 これに対して日本側は敦賀炉の燃料を外部に移動することはないので、 圧力容器のフタを開閉する時の二回で十分であると主張したが、 IAEA側はフタを開けている聞に燃料が模擬燃料にすりかえられる恐れがあるとして、 双方の話合がつかないままに、あくまで常時査察の権利を主張し実行に踏み切った。

第一回の十月二日に二回、三日二回、四日三回、五日四回、六日四回と世界に例のない特別査察となっている。時刻については全然予告がない。

げらげら。なんだ〜。おれは昭和45年のIAEAの査察官と同じこと考えてた〜。気分はIAEAのささつかん〜♪

小泉、財界の核融合のシンスタンクとオーザワさんですなー。こりゃまた猿芝居ですなー。 レーザー核融合に舵を切りたいのか。

米、日本にプルトニウム返還要求 300キロ、核兵器50発分

核物質や原子力施設を防護・保全する「核セキュリティー」を重視するオバマ米政権が日本政府に対し、冷戦時代に米国などが研究用として日本に提供した核物質プルトニウムの返還を求めていることが26日、分かった。

 このプルトニウムは茨城県東海村の高速炉臨界実験装置(FCA)で使う核燃料用の約300キロ。高濃度で軍事利用に適した「兵器級プルトニウム」が大半を占め、単純計算で核兵器40~50発分程度に相当する。

 日本側ではこれまで「高速炉の研究に必要」と返還に反対する声も強かったが、米国の度重なる要求に折れて昨年から日米間で返還の可能性を探る協議が本格化している。 2014/01/26 19:59 【共同通信】

さすがー。都知事選の真っ最中に兵器級を返せとオバマが言ってきた。

兵器級が国内に300キロもあるのか。50発と言うのは1発6キロで長崎型を想定してる。トリチウム2グラムと組み合わせる第4世代なら4キロで足りる75発にもなる。東海村にそんなの置いてていいの?

オバマ政権も高速炉が退役核弾頭を処分するのものだという事を伝えてる。MOX燃料工場を持たない日本が「もんじゅ」を廃炉にできない理由は米から貰った兵器級の処分の為?そして日本がそれを返却すると「もんじゅ」を維持する建前がなくなる。そして闇の核武装がバレる。

細川氏、活動休止へ=体調不良で静養-脱原発会議

細川護熙元首相(76)が脱原発を目指す「自然エネルギー推進会議」の活動を当面休止することが14日、明らかになった。体調がすぐれず、静養する必要があると判断した。
 細川氏は今月7日、2月の東京都知事選で共闘した小泉純一郎元首相(72)らとともに推進会議を設立し、代表理事に就任。原発再稼働や原発輸出に反対する方針を確認し、全国各地でのタウンミーティング開催などを計画していた。細川氏が活動の一線から離れることは、国内の脱原発運動にも影響を与えそうだ。
 関係者によると、細川氏は4月中旬、東京・JR品川駅で気分が悪くなり、前のめりに倒れた。歯を4本折ったほか、唇にも6針縫う裂傷を負って、意識不明のまま駅長室に担ぎ込まれた。
 7日の設立総会は、傷が完治せず体調不良のまま迎えた。あいさつした細川氏は、言葉につかえる場面が何度も見られ、「きょうは調子が悪くて、頭がくらくらしております…。はっきりしたお話ができなくて恐縮しています」と頭を下げた。
 細川氏は最近、原因不明のめまいに見舞われ、体調不良が続いていた。小泉氏も「この際、思い切って休養した方がいい」と助言。細川氏は、推進会議の代表理事は続けるものの、東北芸術工科大、京都造形芸術大の両学園長などのポストは辞任する。
 細川氏は14日、「あまりに忙しい状態が続いていたので、大事な場面では顔を出すが、しばらく休ませてもらうことにした。回復にどのぐらい時間がかかるかは分からない」と語った。19日に精密検査を受ける予定だ。(2014/05/14-18:26)

「関係者によると、細川氏は4月中旬、東京・JR品川駅で気分が悪くなり、前のめりに倒れた。歯を4本折ったほか、唇にも6針縫う裂傷を負って、意識不明のまま駅長室に担ぎ込まれた。」

20年前と同じことが起きてる。そして脱原発団体の有力者は小泉とオーザワさんになった。彼らの脱原発とは核融合への転換のこと。

おもしろいですな。もんじゅと地下鉄サリンと三菱。クサイルとデリゾール、ダマスカスのサリンとトルコの背後に三菱重工。だからロックフェラーの下りはスピン。

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