弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

彼らの教本は今も、自分で考えるのをやめ、絶対者グルに帰依するという教え方です。自分で考えて責任を持つつらさから逃れる「自由からの逃走」が信者の動機w

教団と闘い続ける滝本弁護士、オウムの恐ろしさ語る [2018年11月5日8時46分 ]


オウム真理教の後継団体の教本などの資料を見せる滝本太郎弁護士(撮影・清水優)
【写真は略】
95年5月、一連のサリン事件などの容疑で逮捕されたオウム真理教教祖の麻原彰晃

今から29年前。平成が始まった1989年の11月4日、オウム真理教による坂本堤弁護士一家殺害事件が起きた。教団は6年後の95年3月20日、死者13人、負傷者5800人以上の被害者を出した地下鉄サリン事件を起こした。起訴された17事件中、13事件で27人を死なせたとして死刑判決を受けた松本智津夫元死刑囚(63=教祖名麻原彰晃)の死刑は今年7月6日、執行された。坂本弁護士に代わり、平成の30年間を通して教団と闘い続ける滝本太郎弁護士(61)は今、何を思うのか。滝本氏に聞いた。

滝本氏とオウム真理教との闘いは平成元年、1989年11月の坂本堤弁護士一家殺害事件から始まった。

滝本氏 坂本は、国鉄労働組合事件や医療被害弁護団で一緒で友人だった。89年10月に手伝ってくれと言われてね。宗教団体の厄介さは分かっていたから「嫌じゃ嫌じゃ」と。翌月、妻の都子(さとこ)さんと1歳2カ月だった龍彦君とともに、いなくなってしまった。それからです。ライフワークになってしまった。

被害対策弁護団に入り、教団の車両、出家者の割り出しを進めた。坂本弁護士を救いたかったが、93年からは脱会カウンセリングを始めたことで「信者を救いたい」という坂本弁護士の気持ちが分かってきた。

滝本氏 簡単ではなかったですが、多い時は高校生5~6人一緒に脱会させたこともありました。先生がはまっていてね。高校の視聴覚室で麻原のビデオも流していた。この時のカウンセリングの最後は、みんなで「空中浮揚」の練習をしました。麻原の空中浮揚が「最終解脱」の証拠ではないことを示すためです。不思議なもんです。「たかが空中浮揚。されど空中浮揚」。あれで始まり、あれで終わる。

教団との闘いが始まった平成元年は、まだバブル期だった。物質的な豊かさの半面で、満たされない心の隙間もある。そんな時代に教団は急成長した。

滝本氏 変な時代でしたよ。いい服着て、いい車に乗って。何が面白いのか。私はそこにはつくづく同意するんですけどね。ハルマゲドンが来るとか、「99年7の月」に人類が滅亡するというノストラダムスの大予言って常識でした。私も43で死ぬのかと思ってたんだから。バブルのむなしさと世紀末が近い感覚。その中で多くの真面目な人が、はまっていった。

地下鉄サリン事件を始め、未曽有の事件を引き起こしたオウム真理教だが、今も後継団体があり、公安調査庁が監視している。なぜ、信者が集まるのか。

滝本氏 世紀末も過ぎ、時代は変わりましたが、地球環境や核戦争とか、不安は引き続きある。長い不景気で現実のつらさから逃げたい思いもある。彼らの教本は今も、自分で考えるのをやめ、絶対者グルに帰依するという教え方です。自分で考えて責任を持つつらさから逃れる「自由からの逃走」です。それは当時も昔も変わっていない。

今年7月、松本元死刑囚と元幹部ら13人の死刑が執行された。滝本氏は松本元死刑囚以外の12人の死刑執行には反対だった。しかし、実行犯たちを許したわけではない。

滝本氏 時に誤解されるのかな。オウムでは松本元死刑囚が「絶対者」グルで、彼以外は手足にすぎない。実行犯も含め、信者は被害者でもある。これ以上、道連れにさせたくなかった。許したわけではない。松本元死刑囚の死刑を執行から時間が経過した時、罪を何度も反すうした12人が何を語るか。聴きたかった。

死刑執行後も、滝本氏には信者の親などからの脱会の相談が増えている。

滝本氏 後継団体は、事件は弟子の暴走、でっち上げだったと言い、「悪い人」は全部捕まって「いい人」しか残っていないと勧誘します。違う。いい人がいいことをするつもりでサリンをまいた。善意の殺人には限度がないというのが、オウム事件の恐ろしさの本質です。それがあまり知られていない。地下鉄サリン事件直後に出家した信者も、グルの指示で本当にやったと分かっていて残っている。修行は本当だったと信じたいんですよね。

来年、平成という時代が終わるが、闘いは続く。

滝本氏 最後の1人まで信者を脱会させる努力は、平成が終わっても変わりません。ただ、刑事裁判も終わり、死刑も執行され、平成が終われば日本社会から忘れ去られる。すでに教科書に載っている事件ですが、まさに歴史になっていくんでしょう。

地下鉄サリン事件からも23年が経過し、事件の風化も指摘されている。

滝本氏 考えてみれば自分も昭和32年生まれで、戦争を直接知らないんです。でもね。日本が戦争で何をしたか。知ろうとするかしないかで、知識として分かっている人と分かっていない人が分かれる。事件後に生まれた人でも、知ろうとする人なら、オウムの恐ろしさが感覚として分かるはず。歴史が修正されることがないように、正しい資料を充実させていかなければいけないと思っています。【清水優】

◆坂本堤弁護士一家殺害事件 裁判資料などによると、オウム真理教幹部らが共謀の上、1989年11月4日午前3時ごろ、横浜市磯子区の坂本堤弁護士(当時33)宅に侵入。妻都子さん(同29)長男龍彦ちゃん(同1歳2カ月)とともに殺害。新潟、富山、長野の3県に遺棄した。3人は95年9月、遺体で発見された。坂本弁護士は89年5月ごろから信者の親族の相談を受け、教団と交渉していた。

◆教団の現在 公安調査庁によると、オウム真理教はアレフとひかりの輪などに分かれ、国内の信者数は計約1650人で、出家信者はうち約300人。ロシアにも約460人。15都道府県に拠点は35カ所あり、資産は年々増加し、今年5月現在で約11億1900万円に上る。同庁は「アレフ」「山田らの集団」は麻原彰晃への帰依を継続し、「ひかりの輪」は「脱麻原」としているが、今なお影響下にあるとみている。同庁は今年1月、教団について団体規制法に基づく3年間の観察処分の期間更新を決定した。

地下鉄サリン事件を始め、未曽有の事件を引き起こしたオウム真理教だが、今も後継団体があり、公安調査庁が監視している。なぜ、信者が集まるのか。

滝本氏 世紀末も過ぎ、時代は変わりましたが、地球環境や核戦争とか、不安は引き続きある。長い不景気で現実のつらさから逃げたい思いもある。彼らの教本は今も、自分で考えるのをやめ、絶対者グルに帰依するという教え方です。自分で考えて責任を持つつらさから逃れる「自由からの逃走」です。それは当時も昔も変わっていない。

「自由からの逃走」w。そーだったのかーw。

いまでは天下りを控えた官僚の幹部なのだろーけど、 1980年代、若者だった彼らがエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」の第五章「逃避のメカニズム」だけに印をつけた理由がわからなかった…。 「逃避のメカニズム」が厄所で多用されている「同調圧力のメカニズム」だったのだw。

オウムとは官僚ディープステイトのことだったのだw。

まさか日刊スポーツにおしえて貰えるとは思わなんだわw。


amazon.co.jp→自由からの逃走 (1951年) (現代社会科学叢書〈第1〉)

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