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NHK→イスラエルとUAE 国交正常化へ「歴史的な外交上成果」と強調

イスラエルとUAE 国交正常化へ「歴史的な外交上成果」と強調 2020年8月14日 10時00分
アメリカのホワイトハウスは、イスラエルとUAE=アラブ首長国連邦と共同で声明を発表し、イスラエルとUAEが国交を正常化することで合意したと発表しました。イスラエルが歴史的に対立してきたアラブ諸国と国交を結ぶことになり、声明は「歴史的な外交上の成果」だと強調しています。

米ホワイトハウス 共同で声明発表
ホワイトハウスは13日、イスラエルとUAEと共同で声明を発表し、イスラエルとUAEが国交を正常化することで合意したと発表しました。
数週間以内に投資や安全保障、それに大使館の設置など、さまざまな分野で2国間の合意に調印するとしています。

ユダヤ人入植地の併合 一時停止も
また、合意を踏まえてイスラエルが検討していたヨルダン川西岸の一部のユダヤ人入植地の併合を一時停止するとしています。
イスラエルは1948年の建国以来、アラブ諸国と対立関係にあり、これまで、隣国のエジプトとヨルダンを除いて国交がありませんでした。
ただ最近は、地域で影響力を増すイランへの対抗という共通の利益のもと、イスラエルとUAEの関係が接近していました。
声明は、「歴史的な外交上の成果」だと強調していて、今回の合意がイスラエルとアラブ諸国全体の関係に変化を及ぼす可能性もあります。
ホワイトハウスで記者会見したトランプ大統領は、「合意はより平和で安全な中東への大きな一歩だ。氷がとけ始めたことでほかのアラブ諸国やイスラム教の国がイスラエルと国交を正常化することを期待する」と述べ、中東の緊張緩和につながることに期待を示しました。
トランプ大統領は今回の合意がアメリカの仲介で実現したことを強調していて、秋の大統領選挙を前に外交成果をアピールするねらいもあるとみられます。

調印式はホワイトハウスで
また、トランプ大統領は「数週間のうちにホワイトハウスで調印式が行われるだろう」と述べ、イスラエルとUAEの双方の代表をホワイトハウスに招き、今回の合意についての調印式を行う考えを示しました。 イスラエル ネタニヤフ首相「新たな平和の時代を迎えた」
イスラエルのネタニヤフ首相は、エルサレムで記者会見し、「イスラエルとアラブ世界は新たな平和の時代を迎えた」と述べました。
そして、「エジプトとヨルダンに続き、3つ目の平和条約になる。アラブ諸国にとってさらに平和の輪を広げるチャンスだ」と述べ、ほかのアラブ諸国とのさらなる関係改善に期待を示しました。
一方、ネタニヤフ首相は、トランプ政権が発表した和平案に基づいて、パレスチナ暫定自治区のうち、ユダヤ人入植地を含むヨルダン川西岸の30%の土地をイスラエルに併合する考えを示していましたが、今回の合意では、これを一時停止するとしています。
これについて会見で問われたネタニヤフ首相は、「トランプ大統領から一時停止するよう求められた」としつつ、「併合はまだテーブルの上にある」とも述べ、併合の考えを完全に取り下げたわけではないと強調しました。

UAE 皇太子 パレスチナ問題で成果と強調
イスラエルとの交渉についてUAE=アラブ首長国連邦の国営通信は13日、「UAEとイスラエルが国交を正常化することで合意した」と速報で伝えました。
またUAEとイスラエルの代表団が今後数週間以内に会談し、直行便の運航や大使館の設置などで合意するとしています。
またUAEのムハンマド・アブダビ皇太子は、ツイッターで「イスラエルがパレスチナの併合を停止することでも合意した」と投稿し、アラブ諸国とイスラエルとの間で最大の懸案となってきたパレスチナ問題で成果があったと強調しました。

エジプト シシ大統領「入植停止に関心」
1979年にアラブ諸国としては初めて、イスラエルと国交を樹立したエジプトのシシ大統領は、ツイッターに「パレスチナの領土へのイスラエルの入植を停止するという合意に関する3か国の声明に関心を寄せている。地域の繁栄と安定を成し遂げるため、この合意を実現した国々の努力を評価する」と書き込み、合意を歓迎しました。

イラン通信社「恥ずべき合意だ」
イスラエルとUAEの国交正常化合意についてイラン政府は、まだ公式な反応を示していませんが、主要な通信社のタスニム通信は、「恥ずべき合意だ」と批判的に伝えています。
イランは、イスラエルを国家として認めておらず、中東地域の武装勢力への支援などを通じてイスラエルと敵対しています。
一方のアラブ諸国との間では同じイスラム教の国家として一定の関係を維持してきましたが、アラブ諸国で中心的な役割を担うサウジアラビアとの間では、4年前、国交を断絶するなど関係が悪化しています。
イランに厳しいアメリカのトランプ政権が、同盟国のイスラエルとともに「イラン包囲網」とも呼べる状態をつくる中でイランとしては、イスラエルとの関係改善が進むアラブ諸国がこうした包囲網に加わり、地域での孤立化が進むことに警戒感を強めているものとみられます。

パレスチナ「強く拒否する」
パレスチナ暫定自治政府は、今回の合意について、「強く拒否する。UAEを含め、第三者がパレスチナ人を代表して口を出す権利はない。われわれは、アラブ諸国やイスラム諸国に対し、緊急の会合を求めたい」とした声明を発表しました。
また、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの報道官は、「この合意は、少しもパレスチナの目標に貢献するものではなく、むしろイスラエルの立場に貢献するものだ。占領を続けさせ、パレスチナの人々の権利を否定し、人々への犯罪も続くことになる」と述べ激しく反発しました。
そのうえで、「必要なのは、占領に抵抗する人々の正当な闘争を支援することであって、占領者との間で合意を結ぶことではない。入植地問題については、イスラエルとの関係の正常化によってではなくアラブ諸国と国際社会に支持されたあらゆる形での抵抗で立ち向かっている」と主張しました。

交渉経緯とアメリカのねらい
今回の合意に至った経緯について交渉を中心になってまとめたトランプ大統領の娘婿でもあるクシュナー上級顧問が記者会見しました。
この中でクシュナー上級顧問は「交渉はおよそ1年半前から行われ、われわれが中東和平案を示して以降、本格化していった」と述べ、ことし1月にトランプ政権がイスラエルとパレスチナの紛争を解決するためとして中東和平案を公表したあとに交渉が加速したことを明らかにしました。
そして、1週間ほど前に大枠での合意にいたり、今月12日になって合意内容が確定したということです。
クシュナー上級顧問はトランプ政権で中東和平問題を担当していて、対立するイスラエルとパレスチナのこう着状態を、パレスチナを支援するアラブ諸国にも働きかけることで打開させようとしてきました。
また、イスラエルとUAEは近年、地域で影響力を増すイランに対抗するという共通の利益のもと急速に接近していて、クシュナー上級顧問も合意に至った理由の1つとして「双方にとって戦略的により利益があるからだ」と説明しました。
そして、今回の合意は「イスラエル対パレスチナを支援するアラブ諸国」という構図を変化させる可能性も秘めたものでトランプ政権としては、中東和平の実現に向けた一歩としてとらえているとしています。
トランプ大統領は、今回、アメリカが仲介役となったことを強調していて大統領選挙を前に、外交成果としてアピールするねらいもあるとみられます。

両国の接近の動き 相次いでいた
UAEとイスラエルの間では最近になって、関係改善にむけた動きが出ていました。
2018年10月にUAEで開かれた柔道の国際大会では、イスラエルの選手が優勝した際、国交がないイスラエルの国歌が会場で流され、異例のこととして注目を集めました。
またイスラエルは、2018年11月にUAEなど湾岸諸国との間を結ぶ鉄道網の建設を提案したほか、2019年4月にはUAEのドバイで開かれる国際博覧会「ドバイ万博」に参加すると表明し、関係構築に向けた働きかけと受け止められました。
UAEは、ペルシャ湾を挟んで向き合う地域大国のイランを安全保障上の脅威としており、イランと敵対するイスラエルと接近したいねらいがあるものとみられます。
一方アラブ諸国のUAEにとっては、イスラエルが国際法に反した入植活動を行うパレスチナ問題が、国交の正常化に向けた最大の懸案となってきました。
ただ今回の合意でイスラエルが、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の併合を一時停止するとしていることから一定の成果を得られたとして合意に応じたものとみられます。

イスラエル アラブ 対立の経緯
イスラエルは1948年の建国以来、アラブ諸国と戦争を繰り返し、対立してきました。
1948年には、エジプトやシリアなど周辺の国と戦火を交え、この戦争によって、多くのパレスチナ人が難民となりました。
また、1967年の第3次中東戦争では、ヨルダンから東エルサレムやヨルダン川西岸などを占領し、エルサレムの全域を支配下に置きました。
1973年の第4次中東戦争でも、再びエジプトなどと戦争をすることになりましたが、6年後の1979年にはエジプトと、そして、1994年には東に位置するヨルダンとの間で平和条約を結び、国交を樹立しました。
さらにここ数年は、地域で影響力を増すイランに対抗するという共通の利益のもとで、アラブ諸国との関係の改善を積極的に図っていました。
正式に決定すればイスラエルにとってUAEは、国交を持つ3か国目のアラブ諸国となり、今後、地域大国のサウジアラビアなどそれ以外の国との間でも関係改善が一気に進むのかが次の焦点となります。

イスラエル人からは…
イスラエルがUAEと国交の正常化で合意したことについて、エルサレムのイスラエル人からは、さまざまな声が聞かれました。
イスラエル人の男性は、合意で、ヨルダン川西岸の併合が一時停止になったことに触れ、「国交正常化は平和の証で、いかなるアラブの国とも平和になるべきだと思う。併合は、地域で不必要な緊張をもたらすと思うので、イスラエルにとってはよくないと思う」と合意を歓迎していました。
一方で、別のイスラエル人の男性は、「トランプ大統領は、大統領選挙で自分に有利になることをしただけで、合意は、イスラエルにとってよいことではない」と話し、併合が一時停止されることに失望していました。

パレスチナ人の間では…
イスラエルがUAEと国交の正常化で合意したことについて、パレスチナ暫定自治区にあるベツレヘムでは、パレスチナ人の間で失望が広がっています。
55歳のパレスチナ人の男性は、「UAEの立場は、アラブの立場と異なっていておかしいと思う。パレスチナ人としてこんなことが起きるとは思っていなかった」と話していました。
また、別のパレスチナ人の男性は、「私たちには2つしか方法がなく、まずはパレスチナ人が一つになること。そして2つ目には、アラブ諸国の支援がなくなり、私たちだけになったとしても、この現実に向き合わなければならないことだ」と話していました。

国連事務総長「交渉再開の機会作り出すこと望む」
国連のグテーレス事務総長は、イスラエルが合意を踏まえて、ヨルダン川西岸の一部のユダヤ人入植地の併合を一時停止するとしていることについて「ヨルダン川西岸の併合はイスラエルとパレスチナの二国家共存の展望とそれに向けた交渉再開の扉を閉ざすものだとして、一貫して停止を呼びかけてきた」と評価しています。
そして、「今回の合意が二国家共存を実現するために、両者が意味のある交渉を再開する機会を作り出すことを望む」として過去の国連決議に基づき、イスラエルとパレスチナが国家として平和共存するための対話が必要だと強調しています。

結果として石油は枯渇しないし新しいガス田も見つかってしまう。UAEが王女を担保にする理由はなくなっている…w

tanken.com→アラブ首長国連邦(UAE)の誕生 真珠と原油——日本とアブダビを結ぶ知られざる関係(2015年4月6日)

アラブ首長国連邦(UAE)の誕生 真珠と原油——日本とアブダビを結ぶ知られざる関係
1960年代のアブダビ (博物館「ヘリテージ・ビレッジ」の展示より)
 アラブ首長国連邦(UAE)は、7つの首長国で構成されています。そのうち、全面積の87%を占める最大の首長国が「アブダビ」です。アブダビはバニヤス(バニーヤース)族が建国した首長国。
 かつて砂漠の民は、オアシスに定住していました。  アラビア半島の海岸線から内陸に100kmほど入った場所に「リワ・オアシス」という地域があり、ここにバニヤス族は暮らしていました。
 1761年、部族長が狩猟のため、沿岸までガゼル(カモシカ)を追って行くと、ある島で泉の水を飲むガゼルの姿を目撃します。淡水の発見です。  バニヤス族はここを入植地と決め、町を作りました。島の名前は「ガゼル(アラビア語でダビ)の父(アブ)」としたため、この地は「アブダビ」と呼ばれるようになりました。
 1793年、バニヤス族のナヒヤン家は政権を握り、アブダビに定住。以後、アブダビは現在まで首長国の首都となっています。  なお、隣のドバイ首長国は、バニヤス族のマクトゥーム家が1833年にアブダビから独立して建国したものです。
ナツメヤシの木
砂漠の地であるアブダビには目立った産業はありませんでした。内陸部のオアシスでは、ラクダの飼育やナツメヤシ(デーツ)の栽培をおこなっていました。 沿岸部では漁業が盛んでしたが、特筆すべきは真珠の採取でした。アブダビは周囲の漁業権を握り、かなりの税収を得ることに成功します。
 しかし、真珠産業は、20世紀に入って徐々に衰退していきます。  1914年に始まった第1次世界大戦、1929年の世界恐慌などさまざまな原因がありますが、最大の理由は、日本人の御木本幸吉が真珠養殖に成功し、人工真珠が誕生したからです。
アブダビの真珠
 真珠やデーツの収入があっても、アブダビの生活は貧困でした。衛生状態も悪く、1953年まで学校は一つもありませんでした。教育は、アラビア語、算数、コーランを個人教授している状態が長く続きました。  それなのに、頼みの真珠産業さえ崩壊し、アブダビは困窮していきます。
 1928年、シェイク・シャフブートがアブダビの首長になりました。  そこにやってきたのが、石油会社の調査員でした。 「もしかしたらこの地に石油が出るかもしれない」——その言葉に、首長は弟のシェイク・ザーイドを案内人に推薦します。  シェイク・ザーイドはまだ10代でしたが、このとき石油産業について学んだことが、後のアブダビの将来を決定していきます。
シェイク・ザーイド(左から2番目)
本名はザーイド・ビン=スルターン・アール=ナヒヤーン。シェイクは王族への尊称
 第2次世界大戦後、シェイク・ザーイドは、アブダビ第2の都市アルアインの市長になります。  このとき、長年の課題だった水利権の仕組みを変え、灌漑設備を整えたことで、アルアインの農業生産は、またたく間に増大します。当時、率先して自分たちの水利権を提供したことが高く評価され、シェイク・ザーイドは名君と呼ばれるようになりました。
 1958年、アブダビでついに石油が発見されます。そして、1962年、最初の原油輸出をおこないます。  貧乏国だったアブダビに、巨額の資金が一挙に流れ込みました。
1960年代のアブダビ(右下が王宮)
アブダビに建築中の新王宮
 しかし、アブダビ首長だったシェイク・シャフブートは、巨額のマネーの使い方がわからず、アブダビの発展はいっこうに進みません。  そこで、シェイク・ザーイドは一種の革命を起こし、兄を退位させ、自らが元首となります。1966年8月6日のことです。
 1968年、イギリスが1971年末までにスエズ以東から撤退すると宣言。これを受け、複数の首長国を中心に連邦国家結成の機運が高まります。この運動の中心となったのがシェイク・ザーイドです。  結果的に、カタール、バーレーン、オマーンは自主独立の道を選びますが、1971年12月2日、アラブ首相国連邦が誕生し、シェイク・ザーイドは最初の大統領になりました。
 UAEが誕生する1年前の1970年秋、シェイク・ザーイドの密使が日本を訪れます。訪問先は、日本のフィクサーと呼ばれる田中清玄(きよはる)でした。  密使が伝えた内容は、「サウジアラビアのファイサル国王が、アブダビに対して油田を含む領土の割譲を要求してきた。どうしたらいいのか」というものでした。  両国は砂漠の国境地帯に軍隊を結集し、まさに一触即発状態。はたして、日本のフィクサーに何ができるのか。
アブダビ国営石油会社(ADNOC)
 田中清玄については毀誉褒貶があり、この話もどこまで本当かはわかりませんが、面白いので、以下、本人の言葉を引用しておきます。
《国王の話を聞いて俺は考えた。サウジのファイサル国王が言うことを聞き、彼を説得できる者はニクソン米大統領をおいて他にはいないと。それですぐにその日のうちにアブダビを飛び立ってロンドンヘ向かい、そこからまた飛行機を乗り継いで日本に帰った。  それですぐ佐藤首相の長男の佐藤龍太郎君に連絡を取って、即刻、首相にお会いできるように取り計らってもらい、すぐにお会いした。もちろん外務省も通産省もー切通さずにですよ。首相にはアブダビとサウジの地図や、油田関係の書類などを持っていって説明しました。  佐藤さんはたまたま国連総会で、日本の首相として演説するということで、ニューヨークに行くことになっており、そこにニクソンも出てくるというので、「分かった。ニクソン大統領に話そう」ということになった。佐藤さんはその通りやってくれました。  おかげで戦争は回避され、アブダビの領土を守ることができたんです》(『田中清玄自伝』)
 シェイク・ザーイドは田中に感謝し、お礼としてアブダビ沖の海上油田の権利を与えてくれました。これが、欧米以外の国が、アラビアの油田に採掘から関与することになった最初です。  UAEは、1973年のオイルショックのときも、別の油田の採掘権を日本に与えてくれました。
 シェイク・ザーイドは、石油で得たマネーを国中に投資し、UAEは世界屈指の豊かな国になりました。現在では教育も医療も無料で、家も政府が支給してくれます。
アブダビの国家支給の家
国家支給の典型的な家
 石油が発見されて以来、UAEの産業化は一気に進みました。いまではセメント、アルミニウムなど多くの工場が建造されています。  また、1999年にはアブダビとドバイに株式取引所が設立され、世界有数のイスラム銀行「アブダビ・イスラミック・バンク」も創設されました。
発電・海水淡水化プロジェクト
東京電力など、日本企業が参画した「海水淡水化・発電」施設
 シェイク・ザーイドは2004年に死去しますが、UAEの建国の父としての評価は揺らいでいません。  前述の田中清玄は、シェイク・ザーイドをこう評価しています。 「人柄、識見、判断力、行動力、それらをすべて総合して、彼こそがアラビア人としては最高の英傑だと思った」
シェイク・ザーイド(1918ー2004)
制作:2015年4月6日
<おまけ>
 現在のUAEの大統領は、シェイク・ザーイドの息子のシェイク・ハリーファ(カリファ)です。
 2010年に完成した世界でもっとも高いビル「ブルジュ・ハリーファ」の名前も大統領の名前からとられました。彼は父親以上のインフラ投資を進め、いま、アブダビには世界一のものがたくさんあるのです。
シェイク・ザーイド・モスク シェイク・ザーイド・モスク
世界最大の絨毯が敷かれたシェイク・ザイード・モスク
F1アブダビ・グランプリの会場「ヤス・マリーナ・サーキット」
世界最大のロゴが描かれたフェラーリ・ワールドと、世界最速の時速240kmのジェットコースター
キャピタルゲートビル キャピタルゲートビル
世界で最も傾いた「キャピタルゲートビル」(高さ160m、傾斜角18°)。右は遠望
2015年12月オープン予定の「ルーヴル・アブダビ」美術館

【会津藩家老の家に生まれた田中清玄(1906-93)。学生時代に共産党員となった清玄を母親は恥じ「お国の皆さんに責任がある。私の死を無駄にするな」と自殺。…生粋の会津人ながら西郷隆盛の系譜を引き継ぐ】

ちゃぐちゃぐ馬っ子 ✕ ひえもんとりw

サウジアラビアで前の皇太⼦らが拘束か 2020年3⽉8⽇ 09:44
全⽂
中東サウジアラビアで、前の皇太⼦らが拘束されたと複数の欧⽶メディアが報じた。王位継承者ムハンマド皇太⼦の権⼒固めの⼀環とみられている。 アメリカの有⼒紙「ニューヨークタイムズ」によると、サウジ当局が拘束したのはサルマン国王の甥のムハンマド‧ビン‧ナエフ前皇太⼦。武装した覆⾯姿の男らが6⽇、前皇太⼦の滞在先に現れ、⾝柄を拘束したという。また、国王の弟のアハマド王⼦らも拘束された。 ロイター通信は前皇太⼦らがクーデターを計画したとして、拘束されたと伝えている。 サウジアラビアでは、国王の寵愛を受ける息⼦のムハンマド皇太⼦が実質的に国の実権を握っていて、王位継承に向けた権⼒固めの⼀環とみられている。

2015年1月にSARSで死亡したサウジの王様のタイムラインの繰り返しになっている…

ソニーピクチャーエンターテイメント(SME)の「インタビュー」がスピンしたいもの

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