弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

フジロックのアトミックカフェ(Atomic Cafe)研究…update13

理研和光研究所のレーザー濃縮と尾崎豊

沖縄県知事の主張がアトミックカフェと噛み合ってないw

■FUJI ROCK FESTIVAL'19
期間:2019年7月26日(金)、27日(土)、28日(日)
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場
時間:9:00 開場 11:00 開演 23:00 終演予定
出演:国内外約200アーティスト

■入場券
<第2次先行> ※限定枚数
価格:1日券 19,000円 / 2日券 34,000円 / 3日通し券 42,000円
発売期間:「e+」「岩盤」「チケットぴあ」「ローソンチケット」2019年3月8日(金)〜5月31日(金)
<一般発売>
価格:1日券 20,000円 / 2日券 36,000円 / 3日通し券 45,000円
発売日:2019年6月1日(土)〜
※中学生以下は保護者の同伴に限り入場無料。
■キャンプサイト券
価格:3,000円(1名/開催期間中有効)
■駐車券
価格:3,000円(1日/1台)
※2名より受付。
※駐車券のみ受付不可。
■ムーンキャラバンチケット
オートキャンプ施設「MOON CARAVAN」専用チケット
価格:
・4輪専用駐車券¥12,000(1台)+専用キャンプサイト券 3,000円(1名)+3日通し券
・2輪専用駐車券¥6,000(1台)+専用キャンプサイト券 3,000円(1名)+3日通し券
※その他チケットに関する詳細は公式ウェブサイト(http://www.fujirockfestival.com)より
なんか高いw。オートキャンプで3日間行くと45000+12000=57000円w
マネロンの祭典かw

なぜ沖縄県知事がフジロックに出演するの? 「沖縄の現状を知るきっかけに」”キーパーソン”の熱い思いとアトミックカフェ【WEB限定】 2019年7月26日 13:27 フジロック ロックフェス 音楽 玉城デニー
ギターを演奏する玉城デニー知事=7月、沖縄県内
 国内外のビッグアーティストが出演する日本最大規模のロックフェス「フジロックフェスティバル」が26日、始まった。今年も26日から3日間、新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催されている。28日には沖縄から玉城デニー知事がフェス会場内の「アトミックカフェ」に出演する。それにしてもなぜ、沖縄県知事がロックフェスに出演することになったのか。3年前のフジロックに同僚と行ったロック好きの記者が、アトミックカフェの歴史から知事出演に至る経緯を探ってみた。(田吹遥子)

フジロックフェスティバルの様子
 ■テーマは「自然との共生」   
 フジロックフェスティバルの公式ホームページによると、初開催の1997年以来「自然との共生」をテーマに掲げ、「自然環境や社会課題を考えるキッカケを提供する」とする。  
 これまで、会場内で環境、平和、人権などのNGO団体によるステージアピールやNGOヴィレッジの開設、太陽光発電などのクリーンエネルギーの導入などを実施してきた。

■福島原発事故後に”復活”の「アトミックカフェ」 
 玉城知事が出演するのはフェス会場内に設置される「アトミックカフェ」だ。アトミックカフェは脱原発をテーマにした音楽イベントとして、フジロックが始まる前、1980年代に始まった。90年代にいったんは途切れたが、2011年の東京電力福島第一原発事故後、フジロック会場内にある新エネルギーを使用するエリア「AVALONフィールド」に”復活”した。脱原発や自然共生をテーマにしたトークライブを開催。2016年には安全保障関連法や言論の自由についてのイベントを開催しテーマを広げた。若者グループ「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基さんとジャーナリストの津田大介さんがトークライブをし、話題となった。
アトミックカフェが行われているステージ(アトミックカフェ提供)

■知事をフジロックにつなげた”キーパーソン”  
 なぜ今回、沖縄がアトミックカフェのテーマに選ばれたのだろうか。複数の方面からテーマに沖縄を提案する声があった中、熱い思いを胸にフジロックと沖縄をつないだ女性がいる。その女性はゆかりさん(53)だ。ゆかりさんは、BRAHMANのTOSHI-LOWさんをはじめとするミュージシャンたちとNPO法人「幡ヶ谷(はたがや)再生大学復興再生部」を立ち上げ、長期的な災害復興支援の活動をしている。被災地に赴く傍ら、沖縄にも足を運び沖縄戦体験者の聞き取りや新基地建設が進めらている名護市辺野古で話を聞いてきた。2016年にもTOSHI-LOWさんやロックバンド・ELLEGARDENの細美武士さんらと、新基地建設現場となっている名護市辺野古や米軍ヘリパットの建設現場だった東村高江を訪れた。今年4月にも沖縄本島北部を中心に巡るスタディーツアーを開催した。
キーパーソンの1人であるゆかりさん=4月、那覇市の琉球新報本社
 ゆかりさんが沖縄でのスタディーツアーを企画し、アトミックカフェで沖縄をテーマにすることを提案したのも「沖縄の現状を知ってほしい」という強い思いが根底になったからだ。ゆかりさんはこれまで「沖縄で米軍基地に関連する事故や事件があっても本土とは温度差がある。同じ日本なのに何でだろう」と感じてきた。いまだに基地があることにも「戦争が終わっていない」という感覚を抱いてきた。必要という人にも自分の住んでいる場所なら嫌がる人がいるという点は原発問題にも似ているとも話す。イベントを通し「沖縄のことを自分のことに近づけて考えてもらえればいい」と語った。
 「沖縄では辺野古移設問題やそれに伴う県民投票もあった。選挙のたびに辺野古移設反対が多数を占めるが、建設が強行されている」。アトミックカフェの代表を務める大久保青志さん(68)も政府の姿勢を疑問視する。AVALONフィールド内で人権や平和に関する活動をするNGOを紹介する「NGOヴィレッジ」の村長も務める。今回、NGOヴィレッジには「うちなーヴィレッジ」と題した沖縄のブースも3日間設置される。そこではアート作品の展示やワークショップを行う予定だ。大久保さんは「アトミックカフェやNGOヴィレッジは社会課題について知ってもらうことが趣旨だ。今回は沖縄のことを知るきっかけにしてほしい」と期待を込めた。

フジロックフェスティバルの様子
■元山さんとアジカン・ゴッチさんの対談も    
 アトミックカフェの沖縄関連のトークとライブは26日と28日に行われる。26日午後2時からは元山仁士郎さん(辺野古県民投票の会代表)とジャーナリストの津田大介さん、ミュージシャンの後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、マヒトゥ・ザ・ピーポー さん(GEZAN)らが対談する。ミュージシャンのKACHIMBA feat.RITTO,仲宗根創さんのライブもある。  
 28日は午後1時50分から玉城知事が登場。沖縄と本土の違いや関係性について、元山さんとORANGE RANGEのYOHさんと共に訴える。ORANGE RANGEのアコースティック編成によるライブもある。ロックを愛する人たちに沖縄からの切実な声がどう伝わるのか注目したい。

アトミック・カフェ・フェスティバル←ウィキ

アトミック・カフェ・フェスティバル
アトミック・カフェ・フェスティバル(ACF[1])は、映画『アトミック・カフェ』の上映運動に由来するフェスティバルであり[2]、日本で1984年に開始した[1]。
「音楽を通じて反核・脱原発を訴えていく」がテーマのイベントで、1980年代には加藤登紀子、浜田省吾、宇崎竜童、尾崎豊、ザ・ブルーハーツ、ルースターズ、エコーズ、BOØWYらが出演していた[3]。1984年に日比谷野外大音楽堂で開催された第1回目のライブでは、尾崎豊が高さ7メートルの照明から飛び降り左足を骨折するも、ステージに這いつくばりながら「Scrambling Rock'n'Roll」を最後まで歌い続けたという有名なエピソードが残っている[4]。1980年代の最後の開催は1987年であった[5]。

なぜフジロックでタミヤTシャツなのか、まったくわからないw

フジロックフェスティバル←ウィキw

1997年、山梨県富士天神山スキー場で初開催された。
1999年より、毎年7月下旬または8月上旬、新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催されている。
主催はSMASH。フジロックという略称および愛称で一般に広く知られている。
日本のロック・フェスティバルの先駆けであり、世界200組以上のミュージシャンが揃う日本最大規模の野外音楽イベントである。
フェスティバル名は初回が富士山近辺(天神山スキー場)でが開催されたことに由来する。(天神山スキー場で開催されたのは1997年の第1回のみである)。

SMASH (企業)←ウィキw

主なイベント
フジロックフェスティバル - 1997年・山梨県富士天神山スキー場地区、1998年・東京都豊洲地区/東京ベイサイドスクエア、1999年以降・新潟県苗場スキー場地区で毎年開催(主催、企画制作)
朝霧JAM - 2001年〜静岡県富士宮市朝霧アリーナで毎年開催(企画制作)
JOIN ALIVE - 2010年〜北海道岩見沢市いわみざわ公園で毎年開催(SMASH EASTが企画制作)
トノフォン・フェスティバル - 2013年、2015年・所沢航空記念公園 野外ステージ (企画制作)
スルガ?w

日高正博←ウィキw

musicman-net.com→第13回 日高正博 氏 | Musicman-net

1983年(株)スマッシュ設立。1994年大阪事務所(のちのスマッシュ・ウエスト)開設。1995年ロンドン事務所設立。1996年(有)トマホーク(音楽出版社)設立。1997年7月富士山麓の天神山スキー場で「フジ・ロック・フェスティバル」開催。以降東京ベイサイドスクエアを経て、1999年より苗場スキー場で開催。
ロンドンとトマホークw。吉本興業の次はフジロックw

田宮模型というとわからないだろうけど、(81027090)[Canon's Court/Bermuda/Paradise Papers - Appleby]のことだ…

【パラダイス文書】80130455 Tamiya Masayuki 田宮模型社長

INTERVIEW:SMASH 代表・日高正博氏
豊間根

97年初開催の<フジロック>で台風直撃、翌年2回目は東京(豊洲)開催ということで、99年の<フジロック>開催前の段階では、まだ日高さんが考えていた“<フジロック>本来のアイデア”はお客さんには共有されていませんでした。99年、開催地を“苗場スキー場”に移して、ついに日高さんのアイデアは具現化されます。苗場を<フジロック>の会場にしようと決めたのは時期的にいつ頃ですか?
日高

98年にアプローチがあったんだよ。98年の<フジロック>が終わった後、<フジロック>を一緒にやっているホットスタッフ経由で話が来た。というのも、プリンスホテルの親会社、当時の「コクド」っていう会社に堤義明さんていう帝王がいてさ。その堤さんが週刊誌で豊洲(フジロック98’)の写真を見たらしいんだよ。あの時はヘリコプターがいっぱい飛び回って、3万人が集まった凄まじい光景の(空撮)写真が週刊誌なんかに載ったからね。で、どこから聞いたか分からないんだけど、「主催者の日高は、それでも(来年の<フジロック>は)山の中でやりたいと言っている」っていう情報を知ったらしいんだよ。それで、堤さんからプリンスホテル東京本社に「苗場で<フジロック>をやれないか?」という連絡があったらしいんだよね。あの人はもう大変なビジネスマンだから、色んなひらめきがあったんだろうと思うよ。ただこれはもう、鶴の一声だから、社員にとっては。逆らえば全員クビだからね(笑)。それで連絡をもらったんだけど、俺はただ一言「出来ない」と。
「プリンスホテルの親会社、当時の「コクド」っていう会社に堤義明さんていう帝王がいてさ。」w
私をスキーに連れてって
宿泊施設
志賀高原プリンスホテル
12月24日に部屋で優と恭世が年賀状を書きながら話すシーンは東館ゲレンデ前の角部屋。
万座プリンスホテル
「サロット」発表会場に駆け込む丸いドームのシーンはエントランスドームにて撮影。
人さらいイベントを発案したのはプリンスホテル「コクド」つかフクイチの堤義明かぁ…どーりで「Canon's Court 」w

トマホークじゃなくてトライデントだなw

中川昭一のワイン、中川一郎の不審死、マーガレット・サッチャーのトライデント報復核とPNTL

反核で核軍縮なら核弾頭を解体し、MOX燃料かダウンブレンドしたウラン燃料にして原発で燃やすことになるので原発を推進することになる。 西側諸国のトライデントや沖縄に配備されているB61Mod12などの核兵器を維持するには、毎年5%アメリシウム241に劣化してしまう兵器級プルトニウム239をBWR(柏崎刈羽、フクイチ)で製造し続けなければならない。 どっちに転んでも関わるヒトは被曝してしまうので臓器狩りテロリストとその報酬のマネロンが必要になるw。

しかしまぁ、アホなイベントだなぁ…

では、普天間の辺野古移転に反対してるのに、フジロックのアトミックカフェにタミヤ模型のTシャツを着て出演するのはなぜなのか? 沖縄の現状に対する理解が足りない。たぶん何もわかってないのだw。

「おらー、大量破壊兵器だぞ。核兵器だ。こわいかぁ。数十万人死ぬより毎年数千人が行方不明になるほうがいいだろう。 子供をさらわれても文句言うな。3人産んで1人差し出せ。」みたいなフェスティバルw

殺人と臓器売買とマネロンのフレームワークが確立されると、その利権は時間とともに核や原子力とは無関係になり、ディープステイトは「老後2000万円」のために殺人を開始、311からエスカレートした。これが「西側」諸国の現状ですなw。

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