弁財天

ゴフマン「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」

青山繁晴のホラッチョ・在ペルー日本大使公邸占拠事件 update5

1996年11月19日JALの社員がオフショア口座開設
1996年12月17日駐ペルー日本大使公邸襲撃および占拠事件
1997年1月23日台湾電力が北朝鮮に廃棄物を最終処分
1997年3月11日東海再処理工場で爆発事故
1997年4月22日ペルー警察の突入によって事件が解決

恩赦決定のフジモリ元大統領「心から謝罪」 2017年12月27日 06:01
ペルーのフジモリ元大統領が26日、恩赦の決定後、初めて声明を発表し、政権時代に国民を失望させたと謝罪した。
フジモリ氏は、大統領在任中、軍に市民の虐殺を指示したとして有罪判決を受け、服役しているが、24日、人道的判断から恩赦が発表された。
フジモリ元大統領「(私の政権時代に)国民の一部を失望させたことを認め、心から謝罪する」
フジモリ氏は26日、恩赦の決定後、初めて声明を発表し、恩赦を決めたクチンスキ大統領に感謝した上で、政権時代に国民を失望させたと謝罪した。
しかし、ペルーではその政治手法が強権的だったと批判的な声が根強く恩赦に反対する大規模な抗議デモも起きている。
アルベルト・フジモリ←ウィキ
「ペルー共和国第91代大統領 任期1990年7月28日 – 2000年11月22日」
日本政界への意欲[編集]
2007年6月18日、日本の国民新党が参議院選挙に同党の比例代表公認候補として出馬するよう要請[13]し、6月27日、立候補を表明した[14]。また、フジモリは民主党に立候補を打診し断られていたという[注 2]。6月28日、フジモリはサイトで立候補表明すると共に、将来のペルー政界復帰も約束した。
その動きについてのペルー国内での反応としては、ペルーのガルシア大統領は同日、「国民がどう思うか。大いに失望した」と日本での立候補を批判。ペルーの有力紙『レプブリカ』は「引き渡し逃れは明らか」と非難し、『コメルシオ』紙も芸者姿のフジモリを載せるなど、ペルーのマスコミは相次いで反発した。中には、「卑怯者」「SAYONARA!」など、日本語の見出しで批判した新聞もあった。
7月5日には国民新党の亀井静香代表代行が麻生太郎外務大臣に対し、選挙運動が可能になるようにフジモリを釈放するようペルー政府に働きかけるよう要請したが、麻生に「(釈放、帰国要請は)独立国家として無理がある」として断られている。この結果、フジモリの選挙運動は候補者不在の中行なわれ、政見放送にも参加できなかった。
選挙の投票の結果、国民新党は当選枠1人との結果となり、フジモリは国民新党4位であったため落選した。

【7月5日には国民新党の亀井静香代表代行が麻生太郎外務大臣に対し、選挙運動が可能になるようにフジモリを釈放するようペルー政府に働きかけるよう要請したが、麻生に「(釈放、帰国要請は)独立国家として無理がある」として断られている。】w

なんだよ。またカメかw。やっぱケーサツの外事課てテロ部隊なんだろw。
これが参院選2016で当選した理由かぁw。
【ホラッチョ参院選2016】紛失した8万票が青山繁晴のホラッチョ当選に使われる。ホラッチョ朝鮮戦争担当増員w

【炎上】青山繁晴 VS 週刊文春 共同通信時代の経費の私的流用疑惑について青山繁晴が全力で反論 腹BLACK 2016年6月30日
選挙に出馬中の青山繁晴氏(63)が週刊文春の報道に猛抗議する姿勢をみせている。文春は、青山繁晴氏が共同通信を退社したのはペルーの日本大使公邸人質事件の取材において使った経費1,500万円のうち、450万円分が私的流用疑惑でトラブルになったからだった、その事実は本人も認めていると記していた。 だが、青山繁晴氏によると、記事の内容は悪意に満ち溢れるもので、事実とは全く違うという。
netgeek編集部では文春の報道とそれに対する青山繁晴氏の反論をまとめてみた。
・青山氏が会社に申告した経費になぜか乗馬クラブの利用代金が含まれていた→会員でしか入れない場所があったので経費だ。競馬場にある貴賓室に乗馬クラブ経由で入って取材した。
・ホテルのメモ帳に金額を書いただけのお粗末なものが領収書として提出された→現地にいた日本政府の要人と直接連絡をとることができず、ホテルのボーイにお金を渡して連絡役を頼んでいた。ホテルに設置された対策本部にはジャーナリストも入れず、ただ食事を運ぶボーイだけが入れた。当然、領収書はもらえない。
・会社側は日本政府のどの人物と接触していたのか説明を求めたが青山氏は説明しなかった→ジャーナリストとして情報源の秘密は絶対に守る。社内であろうと口外はしない。
・半年間揉めて、退職を余儀なくされた→会社に失望して自分から辞めただけ
青山氏の説明を読んでいくと確かに納得のいく説明であることが分かる。経費の取り扱いについて会社と揉めたのは確かであろうが、これを「私的流用疑惑」と報じるのはいかがなものか。
▼なお、今回の話は決して文春のスクープというわけではなく、青山氏自身が本やテレビ番組で何度も話している。
選挙に出馬中で大事な時期であるにもかかわらず、思わぬ攻撃を受けたということで、青山氏は法的に戦うと発表。すでに法的手続きを開始しており、民事のみならず刑事も含めて戦うと強気の姿勢をみせた。 青山氏の公式ブログでは文春記者とのやり取りが生々しく綴られている。
▼まさか日誌の名にふさわしく、信じられない選挙妨害に遭遇している。 6月27日月曜の昼、東京・丸の内で遊説しているとき、週刊文春の記者、わりあい若手の男女二人がアポイントメント無しにやって来て、有権者がぼくに話しかけてくれている最中に「取材」を開始。それも選挙と一切関係なく、20年近く前の共同通信記者の時代についてだけ質問してくる。そしてその質問はすべて、事実に反する、捏造された「疑惑」なるものばかり。(中略)
さらに、その夜に男性の方が電話で、口がもっとあんぐり開いてしまう事実無根の質問だけをしてくる。(中略)ぼくは昼間は突然のことで、まだこの異常な取材というより攻撃の意味が分からず、まさか文春がそんなことまでするとは思えず淡々と応えて、すべての質問を否定した。(中略)
明日6月30日にはもう、週刊文春の5ページもの大記事になって発売されるという。ぼくはすべての質問に対して全面否定しているのに、それをまともに確認もせず、あらかじめ書くつもりだった記事のまま出すということが、ばればれだ。
文春記者が話しかけてきたときはどのような意図で質問されているのか分からず、淡々と答えていったという青山氏。後に悪意ある報道がなされると知って記者に対してジャーナリストとして恥ずかしくないのかと詰め寄った。だが、文春記者は薄ら笑いのような口調で受け流すばかり。もしかしてわざと怒らせて面白おかしく記事にするという意図があったのかもしれない。
▼なお、選挙活動中に文春の記者2名が突撃取材している様子がカメラに映っていた。
▼青山繁晴氏は文春の記事を「虚偽報道」として戦う姿勢を表明している。文春の話題に移るのは10:44から。※動画は46分でかなり長め。
【内容まとめ】
・選挙に出馬したことで週刊誌が攻撃してくるだろうと思っていたが、文春は予想外だった。小説を掲載してもらうなどして、もともと友好な関係を築いていたから。だから記者2人がアポなしで突然来た時にオープンに取材を受け入れた。
・選挙のことではなく、20年前のことばかり聞いてくるから変だと思った。文春側は、会社のお金を使い込んでクビになったというストーリーの確認がしたかっただけだった。
・日本政府の要人には正攻法で取材を申し込んでも門前払いを食らうだけなので、情報交換をお願いしていた。自分がもっている情報をメモに少し書き、ボーイに渡してもらいコンタクトをとる方法で取材活動を進めた。メモ帳に場所と時間を書き、深夜にこっそり会って情報を得た。
・共同通信からは「領収書がないので精算できない。せめて誰と会っていたのかを言ってほしい」と言われたが、「爪を剥がされても絶対に言わない」。情報提供者からは「でも事件が終わったら言うでしょ?社内では言うでしょ?」と疑われるが、「絶対に言わない」と説明している。昔も今もそう。約束は守る。情報源は明かさない。
・メモ帳に誰と会うかを暗号で書いていたので、その部分を塗りつぶして共同通信に提出した。
・情報源を言えと詰め寄った共同通信に記者として失望したので辞めることにした。精算できなかった分は退職金で支払って三菱総研に転職した。
・共同通信にいた人からは嫉妬で恨まれることがあったので週刊誌に悪意をもって情報を流す人物に心当たりがある。辞めた後に酔っ払った人から嫌がらせの電話がかかってくることもあった。誰かは声で分かる。
・取材については自分はすごく努力したので他の記者は全くついてこれなかった。「青山は想像で書いているという噂で、文豪というあだ名だった」と報じた文春はおかしい
・文春の記者からは「私的流用は舛添前都知事と同じだ!」と言われた。あっ、こういう報じ方をするのが狙いなんだと思った。
・文春記者は「三菱総研に転職できたのは総理大臣と癒着してたからなんでしょ?」と意味不明なことを言ってきた。三菱総研にはそう簡単には入社できないので嫉妬でそう思った人がいて文春にたれ込んだのだろう。
・すでに弁護士経由で内容証明を送っており、民事と刑事で告発する。
***
青山繁晴氏が枯れた声で46分にわたり熱く語った動画は現時点で1,900もの高評価がつき、コメント欄には応援の声が続々と書き込まれている。
説明をしっかりと聞けば、どうして共同通信とトラブルになって退社に至ったのか腹落ちする内容であった。今後は裁判の行方に注目したい。
【・情報源を言えと詰め寄った共同通信に記者として失望したので辞めることにした。精算できなかった分は退職金で支払って三菱総研に転職した。
ゲラゲラ
どんどん墓穴を掘る青山繁晴w
あべちんGJの極意を体得してるのか。

自民参院候補・青山繁晴氏が公私混同で退社の過去
2016.06.29 16:01
大阪を拠点に選挙活動
 自民党が参院選比例区で最後に公認した青山繁晴氏(63)が、経費の私的流用を指摘され、共同通信を退社していたことが、週刊文春の取材でわかった。
 共同通信の記者だった青山氏は、1996年に発生したペルーの日本大使公邸人質事件を現地で約130日にわたり取材。当時を知る元同僚は小誌の取材に対し、次のように明かした。
「青山氏は、約1500万円の経費を使ったが、そのうちおよそ450万円に私的流用が指摘された。中にはペルーの乗馬クラブの利用代金が含まれていたり、ホテルのメモパッドに金額を書いた紙が領収書として提出されていたそうです」
 経理担当者が、私的利用分を支払うよう求め、半年ほど交渉を重ねた。
「その結果、青山氏は共同通信を退職し、その退職金で約450万円を相殺することになりました」(同前)
 青山氏に聞いた。
――ペルー取材時の経費が問題となって、共同通信を退職したのは事実ですか。
「事実です。当時、政治部の上層部が総務から『取材相手の官僚の名前を言え』と言われたので、僕は出来ないといって断って共同通信を辞めたんです。クビになったのではなく依願退職です」
――乗馬クラブの利用費が含まれていたのは事実か?
「それは本当です。情報をとるために、競馬場にある貴賓室に入る必要があった。ただ、その貴賓室に入るには、隣の乗馬クラブに入る必要があったんです」
 青山氏は、共同通信退社後はシンクタンクを設立し、テレビでコメンテーターとして活躍。安倍晋三首相が自ら電話で出馬を要請したという自民党の目玉候補のひとりだ。青山氏は、舛添要一前東京都知事の公私混同を厳しく批判しており、今後の説明が注目される。
このスクープ記事の詳細は、ニコニコチャンネルの 「週刊文春デジタル」で6月30日午前5時より全文公開します。
1996年に発生したペルーの日本大使公邸人質事件w

人質事件を放ったらかしにしてペルーの乗馬クラブで遊んでたかぁ。ぶっへー、外務省のホラッチョ事件だったんだ。リアル「黒田耕作」シリーズの脚本は、情けなーい話みたいですな。

この記事目からウロコですな。浅間山荘事件が日仏原子力協定の為のホラッチョ事件だったのと同じ。そしてその褒美として青山はマスコミに政治評論家として取り上げられることになった。

在ペルー日本大使公邸占拠事件

1996年12月17日(現地時間)に、ペルーの首都リマで起きたテロリストによる駐ペルー日本大使公邸襲撃および占拠事件。翌1997年(平成9年)4月22日にペルー警察の突入によって事件が解決するまで、4ヶ月間以上かかった[1]。


1997年1月13日「台湾電力、北朝鮮に廃棄物を最終処分」
ホラッチョ朝鮮戦争w。

文科省の北朝鮮部隊が北を核武装したのってこの時?


1997年3月11日「東海再処理施設で爆発事故」


1997年3月20日「動燃・アスファルト固化施設事故、爆発原因はまだつかめず。37名が被曝、基準値の2100分の1」

ウソですな。ウソであることを日テレのアナウンサーが証明してる。
1997年3月鈴木君枝に何があったのか?

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